2017年8月20日日曜日

目標設定シートと未来イメージ

お盆明けの今週は、社員面談でした。

休み前に、今回作成した目標設定シートを書いて来てもらい、それに基づいての擦り合わせで、今月中にそれぞれの役割と目標をFIXし、来期に臨みたいと思っています。

シート自体は原田メソッドの形式で、中身は私が考えたものですから、その表の精度はどうかは分かりませんが、目的としては、自分の人生の在りたい姿を想像してもらい、その中で多大なウエイトを占める仕事について、自分の良い所、得意、やりたい事を生かして、どの様な役割を果たしていくのか?目指すのか?を考えてもらう事と、そこから考える今期目標と、そこに向けていく具体的行動を期日入りで上げてもらい、それを進めていく事で、考える事、計画立てる事、やり切る事を癖づけをしていこうとするものです。

先週のブログで、京都流議定書の大きな目的の一つが社員研修であったという事も書いていましたが、京都流議定書の10年間でほぼイメージ通りになった運営が、組織においての理想の運営スタイルでした。

京都流議定書は、我々が良い、或いはこれから必要だと思う価値観を訴えていく場ですが、そこに向けてお越し頂くお客様、それに賛同して頂いてご出演頂く方々、ご協力頂く団体、関係者の皆さんに、良かったと思って頂く、喜んで帰って頂く、そしてこの場から、何かそれぞれに有益な繋がりや気づきを持って帰って頂くという事を目的としていましたが、皆がその目的に向けて、それぞれの立場で考えて動いてくれる様になっていました。

私が行なっているのは、京都流議定書として貫くコンセプトと、そのコンセプトから毎年の流れ(テーマ)を考え、それに沿った素晴らしい方々をキャスティングする事だけであって、過去10年間、キャスティングが決まった後は全てスタッフが行なってくれていました。

会社経営で言えば、会社の理念を明確にして、今年の目標を立て、それに向けた組織や仕組みを作るという事が私の仕事で、その目的に沿っての日々のオペレーションなど現場の事は、皆が会社の目的に向けて、それぞれの立場、役割で、良いと思う事、良くしていける事を考えて、自ら行動していくという事です。

メンバーが変わりながらもきっちりできて、しかも、より良くなって来たという事は、10年間かけてチームの目的とそれぞれの役割が明確になってバランスして来たからだと思います。

この京都流議定書で得た体感を持って、会社もこの様な理想の形に向けていきたいという事で、盆休みの間に考えて来てもらったのでした。

日本は全般的に、特に若い人になるほど、未来発想する事が少なくなっている様に思います。

未来発想というと大袈裟で、成りたいものや、やりたい事が明確しないとダメな様に思うのかもしれませんが、全くの理想で良いのです。

実現できっこない様なとんでもない事でも、大事なのは、一度未来をイメージしてみる、未来から発想してみる事で、それをやってみると、見え方が変わり、見えなかった事に気づいたりする事があります。

昨日は未来構想研究会で、前回衝撃を受けてブログでも書いた安田登先生の講演がありましたが、安田先生のお話では、文字が誕生した頃には、「心」というもの自体が無く、生まれたばかりの「心」の意味は"時間を知る力"で、変えられないと思っていた未来を変え、過去から教訓を得る事ができる力だという事でした。

これは逆に言えば、時間を知らない(意識しない)から「心」が無く、未来を考えないから「心」を無くしていくのではないでしょうか?

未来構想研究会の呼びかけ人でもある、アミタホールディングスの熊野会長はよく、物質的豊かさを求めて来て、心が貧しくなった日本という事を仰いますが、近視眼的になっていっている日本人が、未来への期待や、「心」を無くしていっていると言い換えられる様にも感じます。

うちのメンバーには、未来をイメージする事から、「心」を知り、それぞれの未来を変えていってほしいと思います。

そんな人達が、会社の目的を共有して、自分の未来と重ね合わせ、それぞれの立場、役割を果たしてくれる会社にしたいと思いますし、それが成り立つ事を証明し、そんな会社が増えていっている世の中、それが私の目標設定シートでの未来イメージです。







2017年8月13日日曜日

京都流議定書の10年間を改めて③

多くの方から、「ボランティアでこんな事をやって偉いね!」と言って頂いていましたが、あくまで”会社の為”に行なっていました。

ただ、その”会社の為”という感覚が違う所で、我々の様な、物も技術も資金力も無い会社は、存在意義が無いと、それこそ存在する意味が無いと思いますので、まずは、会社の存在意義をしっかり持つこと、そしてそれをスタッフ、ステークホルダーに知ってもらう事、それに共鳴してもらう事を目指しており、それができると自ずとスタッフも誇りを持つ事ができ、スタッフ自体の生き方、働き方が変わり、そこが変わる事自体が成長であり、各自が成長していける場を作る事は、他では得られない大きな報酬になると思っていました。

又、うちの会社の強みは、設えを臨機応変に作れる現場力と、真面目で実直に仕事をする人の集まりである事で、逆に弱みは、仕事を個々で行なっていて連携ができていない事と、全体の目的よりも、個々に一所懸命という感じで、一つの目的に向かって自主的に考えて動く、フォローするという事ができていない事でした。

この様な事は、普段の業務や、ましてや座学で教えられるものではありませんので、京都流議定書というイベントを通して皆で体感するという、大掛かりな社員研修として考えていたのです。

一つの目的に向かって、それぞれの役割を持ち、それぞれが気づき、フォローする、そこにお客様などの要望で、変化する状況に対して臨機応変に対応していかなくてはならないというのは、イベントに限った話でなく、普段のビジネス、組織で運営をしていても全く同じで、自分達の強みを認識し、弱みをカバーし生かしていく実地研修、そんな裏?目的があったのです。

そう考えると、ハイアットリージェンシーという一流ホテルのスタッフの方々と、一緒に準備や当日の動き、配慮など、間近で色々学ばせて頂けるのですから、研修とすれば一体どれ位の費用が要るか?ですが、そもそもお金を積んでもやって頂けないですから、”会社の為”という意味もご理解頂けると思います。

更に、ご登壇頂く方は、それこそそれぞれの道で有名であり、成功もされている方々で、そんな方々の様子に触れる事ができる、舞台裏の様子を見る事ができる、こんな経験も願ってもできるものではありません。

そんな想いをうまく伝えられていなかったでしょうし、特に最初の頃は、スタッフにすれば、社長の想いに業務以外で余分にやらされるイベントでしかなかった様に思いますし、この10年の間に辞めていったスタッフなどは、イベントが直接ではなくとも、この辺りの想いや価値観が合わなかった面があると思います。

そんな中でも繰り返していく内に、お客様が喜んで頂いたり、これだけのイベントをほぼ社員だけで行なっている事に驚かれる反応を見て、我々の現場力や、これだけの事をやれてしまうという自分達の強みを体感する事ができて、何となく、これ位のイベントならこなせるという自信は持ってくれる様になったと思います。

今年の最後に、10年間一緒に見てきて頂いたハイアットのスタッフの方から、「ウエダ本社のスタッフの気づきやその対応力は素晴らしく、ハイアットヤバイ!と思わされましたし、団結力に至っては完全に負けていて逆に勉強させて頂きました」とコメント頂きましたが、これは、かなり本音だったと思います。

その位、スタッフはよくやってくれましたし、この間に人の入れ替わりもありながら、よくこなしてくれたと思います。

10年間の最後に、この間に辞めていったスタッフにも、その年のそれぞれの役割の積み重ねで10年を迎えられたのですから、改めて感謝したいと思います。

辞めたスタッフというと、何かマイナスイメージがありますが、それこそ、まずはそれぞれの人生が優先なので、会社が唱える価値観や方向性に合わなければ、違う所、合う所を探すべきだと思いますし、理想としては、ウエダ本社を辞めた人にも、ウエダ本社に居た事で、より立派な会社に進んでもらいたいと思っています。

決して良い格好言っているのではなく、そんな会社でありたいと思っている事と、そういう所から変えていかないと、やらされ感で嫌々の仕事をやっていても誰の為にもならないし、本質的な働き方変革など行えないと思っています。

話はそれましたが、そんな事で、今まで関わってもらった元スタッフと、勿論今年成功させてくれたスタッフ、特に変化しながらずっと関わってくれたスタッフには感謝しかありません。
このお返しは、皆が良い会社と認めてくれる様な会社にする事しかないと思いますので、京都流議定書の10年間で体験して来た事をベースに、その実現を目指していきたいと思います。

2017年8月9日水曜日

京都流議定書の10年間を改めて②

まだソーシャルビジネスのイベントなど無かった頃から、京都流議定書では素晴らしい若者を集め、そういう世界では登竜門的に言われた事もありましたが、その流れができたのも、ホームズビーの嘉村君が二年目に、京都未来市というセッションを行なってくれた事からです。

7つの学生団体がプレゼンし、来場者が仮想マネーを出資するというものでしたが、そこで、こんな素晴らしい活動をしている若者達がいるのかと感心した事が切欠でした。

その後、嘉村君から紹介されてダイアログバー京都を一緒に開催して来たミラツクの西村君が、6年目から引き継いでソーシャルの流れを加速してくれたと共に、ウエダ本社のビジネス領域に近づけて来てくれたと思います。

又、もう一つの大きな価値となる経営品質系は、京都でこの流れを作ったとも言える人見さんが、京都経営品質協議会主催の京都フォーラムというイベントを開催しており、三年目から、『一緒にやろう』となって、三日間の中で開催して頂く事になり、以来ずっと共同開催して頂いたお陰で沢山の貴重過ぎる繋がりを頂きました。
これによって、大久保寛司さん始め、伊那食品の塚越会長、元リッツ・カールトン日本支社長の高野さん、沖縄教育出版の川畑会長、今年もお越し頂いたバグジーの久保さん、四国管財の中澤さんなどという、日本中に追っかけも多数居る様な方々とお付き合いさせて頂ける様になり、そしてその方々が有名になった切欠を作られた、ブロックスの西川さんにも、4回目からずっとご一緒して頂く事となったのです。

もう一つ人見さんには感謝する事があるのですが、一緒にやって二年目だったか、協議会という団体とやっていると、やりづらい事が多く、我々本来の主旨を曲げないといけない事も出てきて、それなら別々にやろうと私が言ったのですが、人見さんから『元々、京都で良い事がバラバラに行われるのが良くないから京都流議定書をやったのじゃないのか?それが、岡村さんと自分との間で別々にやる様じゃ意味が無いんじゃないか?』と言われ、なるほどと思って、結局一緒にやらせてもらったのですが、これも、人見さんとの、お互いの見栄、体裁などではない大きな視野での話でなければ、その時点で終わっていたと思います。

その人見さんに経営品質の火を点けたのは、JCにその勉強を持ち込まれた鬼澤さんですが、その鬼澤さんが、良い経営の伝道者としてスタートされる際、学ばれたというのが大久保寛司さんという繋がりなのですから、この系譜においてはオールスターに関わって頂いた様な感じでした。

京都市の方々には毎年、市長に合わせて各部署でご協力頂いたり、京都府とも山田知事のタウンミーティングを共催したり、毎年、集客では経済同友会、商工会議所などの団体にもお世話になりました。
又重鎮と言えば、お亡くなりになった堀場最高顧問には、京都流議定書スタート時のウエダ本社70周年での基調講演含め、計三度もご出演頂いた他、クオリア研究会としても企画をご一緒して頂きました。

あげればキリが無いほど多くの方々にご協力頂きながら、数名の方しかお名前を上げられていませんが、10年の中での大きな流れで、ウエダ本社の社員にも知っておいてもらいたい事を纏めました。

10年間、多分、細かい不手際は多々あったかと思いますが、多くの方に良かったと言って頂いて終える事ができましたのも、多くの皆様のお陰です。

本当にありがとうございました。

特別編ブログはあと一話だけ続けます。




2017年8月8日火曜日

京都流議定書の10年間を改めて

先週の金曜から日曜日は、10周年を迎えた京都流議定書でした。

よくも10年も続けられたものですが、今となっては元々の事や、誰にどの様にお世話になったかなど、知らない人も多いので、改めて振り返りたいと思います。

以前、輝かしい頃のウエダ本社では、独自の販売会や、得意先を招待した旅行、芸能人を呼んでの大規模なイベントなど、地域、お得意先様、業界に向けて、先駆けた展開を行なっていました。

再建の為にウエダに入社し、少し落ち着いてきた頃、何人かの方から、”ウエダフェアを復活しないのですか?”、”70周年はどうされるのですか?”などと聞かれる様になりました。

今から40年前の40周年式典は、京都国際会議場で行なったり、50周年、60周年もホテルで盛大に行なっていました。

少し落ち着いたとは言え、同様に盛大にする余裕などないし、又、私が入って改革を進めて、従来通りのウエダフェアというものでも意味がないと思い、どうせなら、入社以来、再建を進めながら、一方では新規の展開を見つけるべく、色々な所に首を突っ込んでいたので、それら本業以外で私が関わっているものを全部集めたものができないか?と考え、関わりのあるものを洗い出し、環境、教育、伝統文化という3つにカテゴライズしてみました。

それを、ハイアットリージェンシー京都を立ち上げて来られた、横山総支配人に提案した所、未だに、これだけ外資系と日本の良さのそれぞれを理解し、双方を説いて進めていく能力を持ったホテルマンには会った事がないと思える横山氏が、即座に、”これは面白い!3つのカテゴリーがあるのなら、どうせなら三日間のイベントにしませんか?”と言って頂いたのですが、結果的には、それが10年間、三日間のイベントとなった全ての理由でした。

初年度は、環境系の団体の展示コーナー、聞香やサッカーの課外イベントなども開催、何と、ハイアットリージェンシーさんの一階と地下を全館使ってという、結果的にはとんでもない規模で行なう事になったのですが、横山氏始めハイアットの皆さんには、10年間多大なお世話になりました。

伝統文化のカテゴリーでは、老松の太田さんや、伝統文化プロデュース連の濱崎さんには、企画からプロデュースまでご尽力頂き、難しい伝統文化というテーマも形作れた事で、重みを作って頂きました。

そして、教育の所では当時の門川教育長に講演をお願いし、その際に教えて頂いた、ドイツのメルケル首相が世界でのスピーチで、DO YOU KYOTO?という、環境においての転換期となった京都議定書の開催地であるKYOTOを、環境に良い事をしてますか?という動詞として使われたという事を、日本の人はおろか京都の人も知らないという事を問題提起として、『DO YOU KYOTO?  DO YOU KYOTOSTYLE?』というテーマで開催する事にしたのです。

ところがその年、門川教育長が市長選に出られて見事当選され、講演はどうなるのか?と心配したのですが、京都市長としてそのままご登壇頂き、お陰で門川市長が初めて出られた外部イベントとなって、その後も市長には特別な思いを持って頂いて、毎年応援して頂く事になったのでした。

これだけのイベントですが、当初から貫き通した事があります。

それは自分達で手作りでやらないと意味がないとの事で、代理店なども入れず、企画、運営、会場準備、ネットワーク、看板、サインなど全て社員で行ないました。

又、集客も数を追って広告などを行うのではなく、自分達で呼び込むか、あくまでこの主旨に賛同して、ご協力頂けるものに限りました。

協力頂くと言えば、ご出演頂く方も基本的には無償協力という、厚かましいにも程がある事を通して来ましたが、本当に主旨に共感頂いてご参加頂いた皆様と、逆に共感はしていませんでしたが(笑)、これだけのイベントを作り上げてきてくれた社員達には、本当に感謝致します。

お金を掛けられなかった事はありますが、お金で買える物、呼べる人、頼める仕事を入れてしまうと、理念がブレてしまうので、そこは最初から拘ったのですが、特に最初の頃のこの踏ん張りが最も辛かった所でした。

それでも踏ん張って来られたのも、主旨を理解し、ご協力頂いた沢山の方々のお陰です。

ここまで振り返って、お世話になった方など、これだけではとても書き切れませんので、この後、分けて書く事にします。

つづく。