2012年6月30日土曜日

ソーシャルビジネスが日本を救う道

今の政治状況を見ていると国政に頼っていては、どうにもならないという事は誰の目にも明らかになっているのではないでしょうか?

その中で、今年の京都流議定書の大きなキーワードを社会起業家としているのは、ここに大きな理由があるのです。

NPOや社会起業家と言われる人達は、それぞれの問題意識に対して特化して向っています。
しかも熱い想いを持って。

国が集めたお金で皆に均等なサービスを提供する為には、大きな政府、つまりたくさんのお金が必要となりますが、少子高齢化が加速度を増す日本では、国に寄りかかっているという構造はもはや限界に来ているのです。

それであれば、それぞれに意識を持って、専門的に取り組んでいるNPOや起業家達を応援していけば、現実的に解決、改善に近づけられる、それが、最近、ソーシャルビジネスが注目されて来ている理由です。

私個人やウエダ本社としても、何故、そんな事をやっているのか?そんな事に関わっているのか?とよく聞かれて来ましたが、実はこれが大きい理由でした。

我々は、あんなに熱い想い、素晴らしい行動力で動けない、であれば、彼らの活動を応援する事によって、課題解決に協力できるではないか?

それが我々の様な存在でも世の中の役に立てる方法なのではないか?そんな理由です。

しかも、残念ながら、日本の場合は、多くのNPOや社会起業家と言われる方々は、社会に対しての課題に熱い想いのみで、ビジネス的な視点が足らないまま行動されているケースが多い為、長続きせず、すると結果的には、幾ら素晴らしい事でも、世の中の為にはならないのです。

ここを何とかできないか?その為には、素晴らしい活動をしている人達と、ビジネス的視点を持つ人達、資金面で援助できる人達を結び付けられないか?そういう場を作ろう、これは3年前から京都流議定書に組み込んだテーマでありました。

それを今年は、一番のメインに据えて、そこにダイアログ、フューチャーセンターという場の提唱と、それを紡いでいくファシリテーターにスポットを当てていくのです。

欧米では、最も優秀な学生が、ソーシャルビジネスを立ち上げるという傾向らしく、ハーバード、スタンフォードなどエリート校もソーシャルビジネスに力を入れているそうです。

日本でも、優秀な若者が、ソーシャルビジネスに参入する傾向が出てきましたが、熱い想いと行動力もある人がビジネスセンスを身につけていく事、もしくは、そういう人達を企業が支えて継続性を持たせる事が、ソーシャルビジネスという分野に厚みを持たし、国に頼らない自立した社会に近づけられる方法だと思います。

もうニュースも党内でもめて、出るだの出ないだの、約束が違うだの、そんな話を取り上げずに、
社会起業や社会起業家にスポットを当てませんか?

そんな想いから、今年の全体テーマを"未来への新潮流~世界を変えていく道筋”としている京都流議定書、取材に来られませんか? 未来は拓けるし、明るい!と感じますよ!



2012年6月23日土曜日

”マジメ”の分析

最近でも、会う方々がフェイスブックや、ブログの事を話題にして頂き、どうしてそんな考えになったのか?と聞かれる事がよくあります。

最近は少なくなりましたが、どこで儲けようとしているのか?とか、何を狙っているのか?とか、ポーズでやっている様に思われるケースもあります。

しかし実は、世の中の為・・的な事を考える様になったのは、最近ではなく、30歳で自分で創業する際には、今ほど”ピュア”?ではありませんでしたので、まずは自分がある程度の成功をしてから、という考えではありましたが、自分で決めた以上の資産は持たず、全て世の中に還元するとか、それを色々な意味でのハンディキャップのある人達の支援に使いたい、などと言っていたのです。

何故、そんな想いを持っていたのかは分かりません。

ただ、やはり、宗教心というのか、人間は必ず死ぬ、という事から発想していて、どうせ死ぬのに、目先の欲や、資産や、快楽や、そんな為に生きていて何になるんだろう?という想いが強く、必ず死ぬのに生まれて来ているには意味があり、という事は、何かできる役割を果たさないといけないし、その役割をできる限り大きなものにしていくのが、人間としてやるべき事(使命)なのではないか?そんな想いを持っていました。

それが存在意義だとか、存在価値という言葉をよく使う理由なのかも知れませんし、自分自身も会社も、存在する限りは、その存在意義を考え、その意義がないと、役割を果たしていない事にもなるので、その存在の価値を高めるべきだと思っています。

そんな発想からの展開であり、それが世間からはCSRとして捉えられ、授業をさせて頂く事になったりするわけですから、大企業の”社会的責任”とは全く違う感覚だと思います。

でも、自分の子供にでもそうですし、社員でもそうですし、少しでも自分と関わった人には、そんな発想を持ってもらえたらと思って、又、そういう話をしてしまうのです。

そんな視点を持てれば、少なくとも、嫌な事や厳しい事に向う対処の仕方が変わって、生き方も変わると思うのです。

ここまでの話は、重くなるので、あまりしないですが、最近、だんだん、”マジメ”なのがバレてきて、よく聞かれるので、ちょっと自分自身の分析をしてみました。



2012年6月16日土曜日

理念に対して

今週は社員面談を行なっていましたが、まだまだ皆に浸透させていかなくてはならない点は、何故、経営理念から発想しなければいけないかという事です。

多くの会社では、経営理念というものは、お題目になっているのも事実ですが、うちの会社では、単に理想を掲げているのではなく、目標であり、うちの会社が存在する意義であり、という事は逆に、そこへ向わないと存在する意義が無いというものになっています。

そういう想いは以前から持っていたのですが、一昨年の京都流議定書でオムロンさんの社憲という考えや、理念と指針の定義を知り、人間としての使命としての基本理念から、何の為に経営するのかという経営理念、そしてそれらから落としこんだ経営指針と行動指針という構成に整理したものが、現在の理念と指針です。

と、いうものなので、うちの会社で仕事を行なっていこうとする人は、それを少しでも早く、深く理解する事が、実は一番、優先してやるべき事なのですが、その理屈がまだまだ腹落ちしていないと思います。

理想郷でもあり、憲法でもあり、航海図の様なものでもあるので、それを理解せず、違う方向でいくら一生懸命動いても、無駄になってしまうのです。

作業と仕事の話もしょっちゅうしますが、成果を出すのが仕事ですから、その為には、目的と行動を一致させていかなくてはなりません。

ウエダ本社として、向っていく所、目指しているモノをよーく見て、それに自分として、得意な物や、やりたい事を関連付けていく事が、その組織に居る限りは、最も、自分自身が楽しく、しかも成果も上げていける方法なのです。

理念を吸収しろという様な事を言うと、何か、思想教育の様に受け取る人も居るかも知れませんが、そんな話ではなく、あくまで、自分自身が活躍し、評価を受けていく為なのです。

会社の方向性にあった中で、自分の得意な事、やりたい事を行なう、しかもその前提である、会社の理念が世の中の為になる事であれば、自分がやりたい事を楽しく行なう仕事が、世の中の為になるのですから、これが一番、生きている価値のある事だと私は思います。

そして、そんな会社にする事、そんな想いの人が集まる会社が、私の理想です。




2012年6月9日土曜日

課題をスタート地点に

昨日は今の時代を感じる事がありました。

京都経営品質協議会のオープンセミナーのゲストは、学校経営品質というものに取り組まれている三重県立北星高校の市川先生でした。

実は今までお目にかかった事はなく、先にフェイスブックでやり取りをさせて頂いておりました。

この日も私は、会場へ入れたのは、講演開始時間丁度だったので、挨拶はできず、席に着く際に会釈だけ交わし、そして、講演後に私が質問した際に初めて、言葉を交わしたのでした。

面白い時代ですよね。

そんな関係性でありながら、お互いのやっている事は何となく分かっていたり、どの様な事を大事にされているのかは、分かっているのですから。

昨日、野田総理が大飯原発の再稼動を表明しました。

この問題については、経済界と環境系の両方に繋がりを持っている私としては、いつも口をつぐんでしまいます。

それは、批判を怖がってという事ではなく、どちらに居ても、どちらの理論を聞いていても、それぞれが正論であるのですが、色々な問題が絡み合っている中、その直接の問題以外の問題や、それを包含した大きな枠組みの中、その関係性などをトータル的に考えないと、意味を成さないと思うので、モヤモヤとしてしまうのです。

そして、単純に二つのグループではないですが、少なくとも、再稼動すべきと原発ゼロを訴える人達が一緒に議論しないと、どちら側だけで言っていても何の意味も無いと思うのです。

解決していこうとすると、今までと違う形で関わっていかないと、前に進んでいかない気がします。

これは原発問題に限らず、近頃や今後も、複雑化されていく中では、少なくとも、0か1か、白か黒かではないと思います。

それを言っているのでは、逆に解決はしていけないと思います。

これだけツイッターやフェイスブックなどが利用され、コミュニケーションの取り方が違ってきて、全く違う価値観が動き始めている中、従来発想で、物事を考えていると、いくら正論を唱えていても、解決には向いていかないと思うのです。

最近、色々連携させてもらっている西村勇也君が、共著で出した”クリエイティブ・コミュニティ・デザインという本の中で、「多くの課題に正解を探すのではなく、課題をスタート地点に未来に向けた具体策を生み出す場が求められています」と書いていましたが、今の課題に対して、未来を良くするという意識が高いという共通項があって、立場の違う人達が、話合っていく事が重要というか、そこからしか始まらないと思います。

そんな事で、今年の京都流議定書は、素晴らしい想いの人、それに引き寄せられる人が集まって、ダイアログを体験してもらい、活躍するファシリテーターを輩出していく事で、未来に向けた新しい潮流を生み出していこうとしているのです。

そんな場を作っていこうとしているのですが、多分、そんなのがフューチャーセンターというものなのだと思います。

という事で、フューチャーセンターって何だ?と思われる方も、それで当たり前ですから、是非是非、お越し下さい!

2012年6月3日日曜日

交差を起こす

昨日は、ご案内の通り、山田知事と深尾、鬼丸、尾角という京都を代表するNPO(ソーシャルビジネス)のリーダーと、それを評価される平尾さんという方とパネルディスカッションに出させて頂きました。(プロデューサーは、こういう事を趣味にされているH社長です)

ランチをして一緒に行こうと、京都駅で待ち合わせていた尾角さんが、Jimukino-Ueda bldg でミラツクの理事会を開く事となっていた西村君と遭遇し、私自身は会っていない所で交差して、尾角さんは私と合流、西村君はウエダ本社へとニアミスして、向かって行きました。

パネルディスカッションは何の打ち合わせも無しですが、山田知事を筆頭に、皆、想い、言いたい事だらけの人達なので、それぞれうまいなあ~と感心させられながら終了。

たまたま開かれていたイオンモール京都のすぐ隣りにあるPHPに、川畑会長率いる沖縄経営品質協議会のご一行様が来られるので、お出迎えをするという交差があった後、ミラツクの理事会終了後に西村君と打ち合わせする事になっていたので、Jimukino-Ueda bldg へ向かいました。

そこには先日四国でお世話になった、ボブ・スティルがーさんや、NO SIGNERの太刀川さん始め東京から数名が来られていました。

又、そんな一日だったので、私は行けなかったのですが、嘉村君はhome's vi 感謝祭を行なっており、多くの人が駆けつけて盛り上がっていた様です。

この一日を見ても京都では色々な事が動いていて、しかも特に元気で有能な若者が多いです。

目の前で繰り広げられるそんな光景を見ながら、私も個人的にはいつまでも若者で居たいのですが、実年齢的には、もっとしっかりして、こういう元気な能力ある若者が活躍していける様にしなくてはと思います。

経済同友会など経済界では、私などは若者とされ、実際、京都経済同友会では、私は現在でも、最年少の常任幹事なのですが、この経済界での”若手”の位置と、うちの会社にHUB的に出入りしてくれる若者達を交差させる事が、私自身が与えられた役割ではないか?と、ここ数年は特に感じています。

そんな交差を起こしていく事、実はそれも、京都流議定書の狙いであり、大きな役割の一つなのです。

2012年6月1日金曜日

12'6月 ウエダ本社社報

《フューチャーセンターを推進する》

先日、フューチャーセンター in 四国というイベントに参加させて頂きました。

フューチャーセンターの事など全く知らなかった我々が行なっている、京都流議定書というイベントや、Jimukino-Ueda bldg のコンセプト自体が、正にフューチャーセンターだと言って頂いての事でした。

フューチャーセンターとは、北欧の知的資本経営から生まれたものであり、長期的な成長を行う為には未来の知的資本を生み出す活動が必要で、それを生み出す場であるとの事です。

何故それが北欧から生まれたか?

それは大国が少なく、目だった産業や大きな資源も無い中、世界を渡り歩いていく為には、知的資本で勝負していくしかなかったからです。

京都商工会議所の立石会頭は、会頭就任以来、知恵産業という言葉でスローガンを掲げられていますが、これなども、京都にはたくさん有りながら、埋もれている知的資本を生かしていこう、特に中小企業はそうしていくべきだというお考えであると思います。

しかしそれは決して京都に限った話ではなく、GDPの成長は望めず、人口減少、高齢化社会を進んでいく日本全体が、労働生産性最大化を目指したビジネスモデルから知的資本経営に大転換しないといけないのです。

その想いは、実は京都流議定書の第一回からの基本的なテーマですので、京都流議定書がフューチャーセンターそのものである、と言って頂けるのは、ある意味不思議な事ではないのかも知れません。

我々の様な、技術も物もないディーラーが、その存在価値を示していく為には、付加価値を高めていくという知的経営しか道はないのです。

京都流議定書、Jimukino-Ueda bldg、今後の日本を担っていく事になるというフューチャーセンターを運営しているウエダ本社の皆には、もっともっと、その自負心を持って欲しいと思いますし、その展開を進めていく事が我々の大きな使命であるとも思います。

今期からその方向に邁進していきましょう!