2011年7月31日日曜日

分からない事に耐えられる力

昨日は、医療と宗教を考える研究会というものに出席しておりました。

清水寺の大講堂(この存在も知りませんでしたが)にある、洗心洞という部屋で、宗教家、大学の先生、経済人が集まって、論議するという、それだけでも面白いものでした。

今回は、クオリアでご一緒させて頂いている、現在は国立社会保障・人口問題研究所所長で、前京都大学副学長の西村先生と、同志社大学の篠原先生の対談と、それを聞いての討論で、テーマは
知足と経済学というものでした。

初めの西村先生のお話で私が最も印象に残り、ノートにぐるぐるに印をしたフレーズは、”分からない事に耐える力”という言葉で、それがずっと弱っていっており、今後の日本人には、これが重要ではないか?というお話でした。

この分からない事があるという事を宗教家が説いていかなくてはならないのでは?という事も仰っていましたが、その通りだと思います。

今起こっている現象は、最終的に良かったのか、悪かったのか、何の為に生きているのか?そんなに辛くて、嫌な事なら、何故やらなくてはいけないのか?又、反対に、嫌な事から逃れて、楽しい事だけしようとするなら、生きている意味はあるのか?など、色々な事を考えてしまいます。

私自身、不思議でしょうがないのですが、何故か宗教心が強いというか、死生観が強く、何の為に生きているのか?何の為に会社経営を行なうのか?何の為の仕事なのか?など全ての発想はそこから来ているのです。


所詮、誰にも、1秒先はどうなるのか、いつ死ぬのか、そして死んだらどうなるのか、は一切分かりません。
その中で人は、何故か当たり前の様に、自分には天災などは降りかからず、何故か平均的な寿命まで生きると勝手に思っているのです。

そこが最も大きな誤解?で、ここの教育(宗教観なのか死生観)をしっかり行なえば、自分だけの利益や損得を考えて行動する事が如何に意味がない事か、ましてや他人の事を妬みなども絡んで、自分はできもしないのに批判したりする事が、如何に下らない事か、不平不満ばかり口にして生きている事が如何に勿体無い事であるかが分かると思うのです。

そして、死んでからどうなるかなどは、予測すらできないのですから、大きな枠の事などは分からない事だらけなのです。

参加されておられた、私が最もその感性が好きな堀場最高顧問もやはり、西村先生に、"このフレーズは貰う"と言われる位、気に入っておられました。

学生時代からずっと原子物理学の研究一筋で来られ、世の中に証明できない物は無いと考えてこられた堀場氏が、36歳で医学を勉強され、分からない事だらけの人間を前にし、世の中には分からない事だらけなのだという事が分かって、それが自分の全ての原点だと仰っていましたが、それが堀場最高顧問の人間的な幅と深さとなっているのだと思います。

分からない事に耐える力が弱いから、不安になって分析していき、証明できないとより不安になり、それは時には悪い事とされてしまうのです。

分からないという事へ耐えうる力を持つには、必ず死ぬ、必ず壊れるという無情を受け入れる事だと思いますが、それが知足にも繋がっていくと思います。


この話も深いので、また、続きは書きたいと思いますが、だからこそ、こう生きるべきと目指す方向は私なりには持っているつもりなので、その辺りも是非又書かせて頂きます。

2011年7月30日土曜日

京都流議定書こぼれ話② イベントの続き

京都流議定書初日は、田中優さんにエネルギー問題を中心としたお話をして頂きましたが、その前のプログラムでは堀場最高顧問、前原前大臣もご出演して頂いており、こと原発問題については、
三者三様の見解を示されていました。

田中優さんは勿論、原発反対ですから、目先は再開やむなしとされる前原さんの発言や、広島、長崎にも原爆投下の数日後に入られ、実際に測定もされた経験をお持ちで、そのデーターや、中国の原爆実験など、今よりも酷い数値データーも見てこられた堀場最高顧問のご意見は、食い違う事は予想しておりました。

全体を考えるとどうなるかな?とも思いましたが、むしろこれが、フリーの立場だからこそできる京都流議定書のやるべき事だと思い、そのまま実行していたのです。

ずっと見て頂いた方は、原発においての見解は何を信じればいいの?と思われたり、それは違うと思われる方もあったかと思いますが、この問題は、分からない事、知らされていない事だらけで、ある一面的な、マスコミの論調だけで乗っかってしまう事は危険だとも思いますので、違うと思う意見、
良いと思う意見もそれぞれ、そのプラスマイナスも含めて聞くべきだと思います。

それだけに、ずっと放射能も測定されて来られた堀場さんのお話は紛れもない事実であり、その話を聞くと俄かに登場し、恐怖心のみを煽る評論家?の様な人達は、問題があると思います。

その中で、田中優さんのお話は、正に価値観や考え方の転換で、今までの論議ではない事を考えていくべきだと考えさせられるので、是非、京都の経済界TOPの方々にお聞き頂きたいと、初日にお越し頂いたのでした。

残念ながら、所謂、重鎮の方々には直接お聞き頂けませんでしたが、今年は、ユーストリーム中継を行なっておりましたので、いつでもアーカイブでご覧頂く事だできます。

実は私にはまだまだイベント(問題提起)は終っておらず、この映像をご覧頂きながら、私なりの問題提起を訴えていきたいと思っております。

イベント中は、中国にご出張であった立石会頭、来週もお目にかかる門川市長にもご覧頂く様お願いして回りますが、今日も堀場最高顧問にも直接ご覧頂く様お願いしました。

データー数値については、絶対的な意見をお持ちの堀場最高顧問が、田中優さんの考え方をお聞きになって、どの様な感想を持たれるのか?、個人的には大変興味があるところですが、日本の活路を見出すに為にも、この堀場最高顧問と田中優さんの見解のマッチングは、実はかなり重要なヒントになるのかも知れません。

2011年7月29日金曜日

京都流議定書2011こぼれ話

今回は、それぞれに注目の講演だったのですが、一般的にはやはり前原さんの講演が一番注目されていたと思います。

実際、前日などはマスコミ対応で大変でした。

東京のキー局各局から、カメラを入れさせて欲しいとの話が相次いだのです。

当然、京都流議定書は政治に関するイベントではありませんので、全てお断りしたのですが、ユーストリームがOkなら、その画像をテレビカメラで撮るのは良いか?などと食い下がる局もありました。

ユーストリームがOKで、テレビのニュースが駄目だというのは、多分、全体をそのまま流してくれるなら良いが、ある一部分をしかも意図ありきで流されるのが困るという事だと認識していましたので、これもお断りしました。

今回のイベントアンケートを見ていると、前原さんの講演への期待から、もう少し踏み込んだ話が欲しかったという様な評価もありましたが、こんな事情もあり、私は、しょうがないと思います。

イベント直前の日にも、菅首相批判としてニュースに取り上げられていたらしいので、地元での発言は、狙い撃ちしていた様ですから、私としても、うちのイベントで、変に揚げ足を取られる事となって、いつも首相候補とされる方に、傷でも付けてしまったら私としても立場がないので、あれで良かったと思っています。

ユーストリームの画像をテレビで流す事をお断りすると、”他局がもし、勝手に流す様な事があればその局を訴えて頂けますか?”と問い詰められました。
自分だけが言う通りにして、他局に出し抜かれると困るという立場なのでしょうが、こんな所にも競争の原理を見ました。

京都流議定書では、そんな相手を蹴落として・・という感覚での経済、その価値観の変換を訴えているので、そういう意味でも、趣旨にそぐわない話でした。

2011年7月27日水曜日

ボランティアではなく

今回の京都流議定書2011は、皆様からかなりの高評価を頂き、今から来年が恐ろしくなる程です。

良かったというより、感動したという反応の方が多く、嬉しい限りなのですが、実は、今回の出演者からして、ここまででは想像できていないものの、ある程度の高評価を頂くのは想像ができておりました。

それだけに、できるだけ多くの方にお越し頂きたかったですし、折角、うちの会社が行っている事ですから、うちと取引があったり、知っている会社の経営者のみならず、社員さんにも是非聞いて頂きたいと思っておりました。

それを強く呼びかけていたつもりですが、社内でもそれが徹底しきれず、うちのお客様に呼び込みを掛けきれていなかった点が、反省点であり、大きな課題であります。

こういうイベントを行うと、人の様子(人となり)や会社の様子がよく分かるものです。

私の事など無視しても当然である様な凄い方で、とてつもなく忙しい筈なのに、しっかりと返信を頂ける方、後輩であったり、きっちりとすべきなのに返事すらして来ない人、黙って協力してくれている人、良い顔はするが協力はしたがらない人、凄い人なのに、尚、好奇心旺盛で参加して来られる方、勉強した方が良いのに、興味を示さない人など、色々な事が見えてしまいま
す。

又、今回改めて感じたのは、意外に社員さんを研修に行かせたがらない、というより、そういう考えを持っていない会社も多いという事です。

全ては人が行う事なのに、何故社員さんの人間的成長を図ろうとしないのか? 不思議な話だと思います。

と偉そうに言う、うちの会社は業績が悪く、そんな事を考えず、効率追求、売上最大、他社や他国をを打ち負かしていく会社の方が業績もよく、現状は立派な会社なのです。

しかし、特にこれから長いスパンで見ると、私は、自社の存在意義を考えていない会社、社員や、取引先などを大事にしない会社は厳しくなっていくと思います。

逆に、社員の成長や、社会での存在意義を考える様な会社がもっと評価されて、そういう企業が主流を占める様になれば、我々の様なディーラーも存在価値を発揮できるのです。

という構図なので、うちのお客様や、今後お客様になって頂きたい方々にしっかりお越し頂ける様になると、イベントも事業と
結びついたものとなるのですが、現状では、ボランティアであんなイベントを行なって偉い!と、お祭り的になっている所が課題なのです。

ただ嬉しい兆しがあったのは、一部の営業が、”ボランティアであの様なイベントを行って凄い”と賞賛して頂いている事に対して、”悔しい”と言っている事です。

来年は是非、だからウエダ本社は、こういうイベントを行なってきたのか、と、皆さんに分かって頂ける様にしたいと思いますし、その様になれば、自ずと業績も良くなると思います。

そして、その様な事を賞賛する企業が増えていけば、これからの日本は新たな価値観で、再び夢を持てる国になれると思います。

2011年7月25日月曜日

感謝・感謝・感謝です!

京都流議定書イベントが全て終了しました。

毎年、少しづつの進化を感じてきましたが、今年ほどの充実観を持ったのは初めてです。

本当に色々な人の思いや、気遣いや、頑張りなどが結集して、三日間の素晴らしいイベントになったと思いますし、色々な立場の人に感謝です。

こちらが考えた企画に心良く応じて頂いた、門川市長、堀場最高顧問、微妙な状況の中でも、ご参加や、ユーストリーム配信などにも心良く応じて頂いた、前原前大臣、ある意味、価値観の変革と言うテーマの目玉的な要素であった田中優さん、少ない時間や、私の思いだけのいい加減なフリにも、真剣に形にしようと取り組んで頂いた西川社長、今回の最大の衝撃と言っても良い、経営品質協議会という団体の中で、京都フォーラムを仕切り、京都流議定書とうまく接点を図ってくれた人見社長、そして今日、日曜日で集客の条件が悪い中、協力頂いた深尾さんとトータルフィットの梅田さん、これも無理なフリにスマートな頭で、見事に対応してくれた鬼丸さん、色々な関係を調整し、新しい手法も見事に仕切ってくれた嘉村さん、そして、今日だけではなく、何回にも渡って、よせ鍋企画を考え、長い間関わってくれた、尾角さん、深田さん、尾形さん、廣岡さん、三田さん、彼らのサポーターの仲間達、そしてそして、ウエダ本社の成長を期待し、駆けつけて頂いた、川畑社長と、今年も又、ほぼ三日間関わって頂き、感動を最大化して頂いた大久保さん。

ご出演関係だけでもこれだけですが、一観客として来て頂いた鬼澤さんや、他にも全国からお越し頂いた良い経営を目指す同志の皆さん。

そして、最後になりましたが、当日だけではなく、何ヶ月にも渡ってミーティング、準備を重ねてきてくれたイベント実行委員のみんな、お客さんが喜んで頂く様な素晴らしい対応を見せてくれたみんな、あれだけのイベントの殆ど全てを、自分達だけでやりきったみんな、本当に有難うございました!!

途中何度か注意する事もありましたが、それへの対応力も今回格段に組織として成長したと思います。

そんな多くの人に協力してもらい、多くの人に喜んでもらう事ができるウエダ本社という会社に、皆自身がもっと誇りを持って、周りの評価、期待に実力で応えられる会社を目指していきましょう!

社員の皆、とにかく今日は、お疲れ様でした。

2011年7月24日日曜日

京都流議定書二日目(京都フォーラム)終了!

イベント二日目が終わって先ほど帰宅しました。

はっきり言いますが、ヤバイほど、凄かったです。

来れなかった人を悔しがらせるつもりは・・多少ありますが(笑)、本当に自分が行っていて言うと、宣伝と思われるでしょうが、経営者や育てて行こうとする社員さんには絶対聞いてもらうべきだったと思います。

まず午前中はブロックスの西川社長にワールドカフェを行って頂きました。

時間が短くて、西川さんには、本来のやり方ではない形でかなり無理を言って行って頂いたのですが、最初から皆さん、かなり積極的に、”働く人の人間力を育てるというテーマについて話合われており、いきなり楽しい空気が充満していました。

そして午後は、京都経営品質協議会主催の京都フォーラムですが、こちらは、我々はゲストの立場
で参加できるので、社員もほぼ全員入らせて頂きましたが、これがハッキリ言って、ヤバかったです。

リッツーカールトン元日本支社長の高野さんのお話は、実践的な話を分かりやすくお話頂き、ほぼ全員が出ている我々には大変有難いお話でした。

-自分はこの仕事で、何を以って何を成すのか?これが、もてなすの意味である。
-リーダーとして、何を以って、何を成すのか?それを考えるリーダーを育てる。
-誰もができる事を誰もができない位やる。
-トップとスタッフの重心が同じ。
-相手が降りる戦略

などなど、まだまだありますが、直ぐ使えそうなお話を頂きました。
問題は、それを徹底する事です。

そして、高野さんの後は、以前から何度か書いたこともある、肝高の阿麻和利のプロデューサーで
現在は、沖縄県の文化観光スポーツ部長に大抜擢されました、平田大一さんのお話でしたが、これが、凄かったです。

まだこんな凄い人が居たのだ!話の内容、やってこられた事、話の構成、話し方など見せ方、パフォーマンスまであるのですから、完璧でした。

内容などもまだ書きたいのですが、ちょっと疲れが溜まっており、今日はこの辺で休ませて頂きます。

ちょっと締めで行われた、唄のみ、勉強仲間である、鯉田さんのブログでご覧下さい。

すいません!

2011年7月23日土曜日

初日終了しました!

京都流議定書イベント、初日が終了し、先ほど帰宅しました。

必ず懇親会後でもブログ更新を続けておられる鬼澤さんを見習って、頑張って書きます!

というか、実は疲れてはいるのですが、色々な意味で興奮していてまだ寝れないという事もあります。

興奮している理由は、まずは朝から気も張り詰めていて、先ほどまでぶっ続きであった事、先程までご一緒頂いた、川畑社長や、明日ご出演頂く大久保寛司さん、一般客でお越し頂いた鬼澤さんやインフィニティーの田原さん、福島ひまわり里親プロジェクトの方と、京都の濃い仲間達と楽しい時間を過ごせた事、お食事にご一緒頂いた、川畑社長、大久保さん、田中優さんが本当に喜んで頂いた事、ご出演頂いた皆様のお陰で、それぞれ良かったという声を頂く事、そして、とりあえず大きな混乱なく行ってくれたスタッフに対して、皆さんからお褒めの言葉を頂いた事などです。

肝心の内容については?とお思いの方もおられるでしょうが、私の場合全部中途半端でしかお話を聞けていなかったり、聞いていてもいつもの勉強会とは違って、あちこちに気が行っていて、集中して聞けていなかった事もあり、ここでは触れずにおきます。

ただ基本的に、私が好きで、尊敬できる人ばかりに出て頂いておりますので、その好きで尊敬している方同士がコラボしてもらっている事が、私にとっては贅沢で一番嬉しい事でした。

又、堀場最高顧問や、前原さん、そして田中優さんでは、原発の問題においては、少なくとも表面上、全く見解は異なります。

それを何故、並んで頂くのか?と思われた方もおられると思います。

それは正に、このイベントの目的である、民間レベルでフリーハンドでというスタンスを表すものであり、今年は特に、3・11以降の日本の幸福とは?どの様なものなのかを一から考えようという事や、全てにおいて自立がキーワードになる為、色々な考え方を聞いて頂き、各自がまず考えてもらおうという事だったのです。

しかし、実は、それぞれの本質的な考えを押さえていくと、表面上で聞いている程、実は差はないと思います。

堀場さんが仰るお話も、そのベースにあるのは、人間は強く、素晴らしいものであり、どんな状況でも順応していけるという事なのです。

と書き出すと色々ある割りに、やはり眠くなってきて、文章が纏まらないと思いますので、今日はこの辺にしておきます。

明日は、午前中はブロックスさんにワールドカフェを行って頂きますが、午後は京都フォーラムで、
この枠では私は観客に回れるので、明日は精一杯楽しませて頂きます!

まずは、本日、ご来場頂いた皆様、出演者の皆様、そしてスタッフの皆、ありがとうございました。

2011年7月21日木曜日

良い繋がり

昨日は京都経済四団体が合同で主催する地球環境シンポジウムの中での、パネルディスカッションに出演させて頂きました。

定員150人で参加も丁度150人という盛会で、やはり関心の高さを表していると思います。

いつもこういう場面では困るのですが、うちの会社は環境ありきで行っているわけではないのと、
昨日の場合、四団体の中でも工業会の方が多く、一番前では島津製作所の会長と日新電機の会長が並んでおられる前で、偉そうにも自社の環境の取り組みを説明するのですから、一種の修行?でしょうか。

ただ幸いな事に、先日NHKニュースで取り上げられた弊社の最近の取り組みである、電力測定サービスの映像を流す事ができたのと、技術力の無い当社では、存在価値を作る為に、世の中の課題にどの様にアプローチできるか?という考えで取り組んでいるという話から、イベントの話もさせて頂いたので、煙に巻いた様な話で、ボロは出さなかったと思います。

でも、こういう所に出させて頂くと嬉しい事もあり、昨日も、初めてお目にかかる方が、”ブログを読んでます”と挨拶に来て頂きました。

こういう事が自分の意見、スタンスを発信していて良かったと思える瞬間です。

何せ自分の考えに共鳴して頂く方と、繋がれるのですから、そんな気分の良い事はありません。

明後日から京都流議定書イベントが始まりますが、ここでも又、どんな出会い、繋がりを持てるのか?私や私達の会社が関わらなくとも、ここで出会う人や会社同士が共鳴して、良い気を生んで頂く事になれば、そんな場が作れたとしたら、そんな嬉しい事はありません。

是非、多くの方がご参加頂き、この場で良い繋がり、良い気を生んで下さい。
それが各地に広がると(結構広がってると思いますが)、日本も良い国であり続けられると思います。

2011年7月18日月曜日

尾角光美さんから感じる、生きている意味

一昨日尾角光美さんが大阪の應典院というお寺で行なった講演に参加して来ました。

尾角さんは、幼少の頃の裕福な家庭から、二度に渡るお父さんの事業の失敗、そのお父さんが郵便局強盗を起こすにまで至り、長年うつ状態であったお母さんは、尾角さんの大学入学直前に自殺されるという凄まじい経験をされて来られました。

そんな彼女の経歴は知っており、彼女が自死遺族のケアや、元々は亡くなったお母さんにメッセージを伝えるという事であった母の日に、お母さんへの思いを寄せた母の日の手紙プロジェクトなど、
Live on として行なっている活動も知っていて、何とか協力できないか?と関わってきておりました。

ただ、今回初めて、彼女が行なっている活動と、考えを体系的に聞いて、全体の繋がりが良く分かったのと共に、改めて彼女が元々持っていたのであろう能力と、ひょっとして彼女に課せられた過酷な体験は、能力ある彼女に、この役割をさせる為に与えられた事ではないのか?とさえ感じました。

たまに、"若い人の面倒を見ていて偉いね”などと言われる事もあるのですが、私はこの様な若くて頑張っている人が大好きで、自分が何らかの役に立てばと思っているだけなのです。

と言うと何か、格好良い感じでそれも嫌なのですが、実は”やってあげてる”などという感覚ではなく、むしろ、本当は彼ら、彼女らの様に自分自身がやりたいけれど、そこまでやる勇気も度量もないので、それを託しているというか、自分ではできない事をやっている彼らに憧れ、ある意味、羨ましがっている面さえある様に思うのです。

そんな事を考えていると、私も自分自身の事が分かってきました。

今まで他人から質問されて一番困っていたのは、趣味は何ですか?という事でした。

本当に無趣味というか、しいて言えば仕事なのですが、それを言うと面白みの無い人と思われますし、しかし、趣味で日々の生活が充実したとしても、何か物足りなさを感じるので、それに没頭して・・という気にならなかったのです。

イベントしかり、世間でいうCSR的な事しかり、もっと言えば会社運営もそうなのだと思いますが、全ては、生きている意味というのか、生きていたからには、自分が存在したという意味を求めて行なっていた様にも思います。
そして、自分でできない様な凄い事を行なっている若者達を見て、彼らの熱い情熱と、能力を羨ましくも思い、そこに関わる事で、自分自身の生きている意味を求めていたのかも知れません。

尾角さんの話を聞いていて、そんな自分なりに求めて来た事が初めて分かった様な気がしました。

そう考えると、益々、尾角さんの存在や役割は凄く大きいものだと思いますし、という事は、誰よりも”生きている意味”を持った凄い人生を歩んでいる人なのだと感じました。

そんな今まで自分でも分かっていなかった事を分からせてくれたのも、彼女の役割だったのかも知れません。

充分には彼女の凄さは紹介できませんが、京都流議定書三日目、来られる方は是非、直接感じて下さい!

2011年7月14日木曜日

危機感の無い危機感

以前、福山内閣官房副長官にお話を聞いて、そんな事情があったのか?と今後は偏った報道のみで、批判をしたりする事は止めようと思いましたが、やはりそれでも、政府というより、総理のやる事は中途半端であると言わざるを得ないと思います。


原発に頼らないエネルギー政策、耳障りは良いですが、具体的な事は何も言わないでは、余計に白か黒かの二極の論議を助長させるだけになってしまいます。

メリット、デメリットを説明し、それに掛かるコストの見通しと、その調達方法が全てセットになって初めて、良いか、悪いかの判断ができるのであって、この点については、国の事は分からなくとも、リーダーとして決定を下すという事においては、私も意見を言わせて頂けると思います。


私は単に批判する事は嫌いです。
ですから、普段でも心がけている事は、人がやっている事に対して違うと思っても、自分がその事をやれないのであれば批判する権利はないと思っています。

又、何でもそうですが、お金(具体的数字)の問題をセットで考えなければ、良い事ばかり何とでも言えるのです。

原発の問題は、東電始め電力会社が独占的になっている事で、今回初めて知った事も多いですが、まだまだ知らない事、知らされていない事だらけの状態で、原発を止めると、産業が成り立たないという論議も、おかしいのではないかと思います。

原発を再開すべきという主に産業界側の論理では、風力や太陽光などクリーンエネルギーは、まだ全体の1%ほどしか賄えず、主に実用できるレベルには30年程かかるという事ですが、これも本当にそうでしょうか?

日本の最高の技術や頭脳を集中して、30年もかかるのでしょうか?
今までは、色々な事が隠され、或いは、知らないフリをして国全体としては片手間に開発しているレベルだったのではないでしょうか?

たかだか年間20時間のピークに合わせて、発電設備を造って来たのですが、働き方を変えるだけでも必要な電力は違っていく様に、できる事もまだまだたくさんあると思います。

又、同じ原子力でもトリウム炉という安全性の高いものも研究されているそうです。

一方、クリーンエネルギーと言われているものは、どういう面から見ても素晴らしいものなのでしょうか?

これも以前書きましたが、太陽光発電が良いと言っても、太陽光パネルを増産していく電力は、風力や水力で得れるのですか?という事や、リチウム電池を廃棄するという事は大きな問題なのだそうですが、それは地球に優しい事なのでしょうか?

要は、その様な事全てのプラス、マイナス情報を開示し、そこに掛かるであろうコストも考え、先々の時代を見据えて国民に説明しないと、前提条件が違うので、判断できる筈がないのです。

そんな断片的な情報で、思いつきの様に発表したりすれば、原発再開派も反対派もどんどんお互いの立場にとって都合の良い事を唱えていく事になり、混乱を大きくするだけだと思うのですが。

こういう事を想定したわけではありませんが、原発という事のみにおいては、今回の京都流議定書でご登壇頂く前原誠司さんと、田中優さんは、全く反対の立場だと思います。

行政なり、ある種の団体であれば、こんな並びにする事は有り得ないと思います。

民間で、ある意味勝手に行なっている面白さだと思いますが、こんな時代だからこそ、ある情報のみに基づいて一方だけで論理付けるのではなく、反対側の情報も聞いた上で、自分自身が判断を下すという事が益々重要になってくると思います。

そういう意味でも、今年の京都流議定書は、絶対面白い!というより、本当に皆が今後を考えていく意味でもお越し頂いて、各自考えて頂きたいと思います。

2011年7月13日水曜日

毎年の事ですが

又ブログの間隔が開いてしまいました。

イベント前という事なのでしょうか?最近は、更新できていなくてもアクセスが多いので、毎日更新しないといけないのですが、申し訳ありません。

イベント前はいつもそうなのですが、お願いや相談があって、いつも以上に会合にも出席することとなり、オーバーワーク気味になってしまいます。

今日も経済同友会の常任幹事会と、来週に出演する事になっている経済四団体のシンポジウムの打ち合わせがあり、それもさる事ながら、それぞれで来週に行われるシンポジウム、セミナー時にチラシを撒かせて頂くお願いをしておりました。

イベントまであと10日。

まだまだ思っている様に、うちのメンバー自体がイベントの意味、価値を理解し切っていない感じもしますので、最終追い込みで、いつも以上に意味のある今年の京都流議定書を皆で良かった~と言えるものにしたいと思います。

ちょっと今日は、お茶を濁しただけですが・・この辺で。

2011年7月8日金曜日

テラルネッサンスが東北を支援する理由

先日、私が岩手に入って短時間で回れたのは、テラルネッサンスの遠野事務所の方に案内してもらっていたからでした。

テラルネッサンスは、ご存知の方も多いと思いますが、カンボジアの地雷撤去とコンゴ、ウガンダの子供兵を社会復帰させる為の職業訓練校設立の活動を行なっているNPOです。

我々には分からない話ですが、国内の支援と海外の支援は全くノウハウも違うとの事で、テラルネッサンスでは今までも国内の災害などの支援は行なっておらず、今回も、中途半端に行なっても・・との事で、やるつもりは無かったそうです。

ところが、今まで彼らが設立した学校で勉強して、今では立派に稼いでいる卒業生に、”我々はあなた方日本人、そして日本に助けてもらった。その日本があれだけの災害に見舞われたのに、あなた方は支援しないのか? 今度は日本の為に動いて欲しい”と後押ししてくれたそうなのです。

泣けるイイ話でしょ?

テラルネッサンスが10年以上にも渡って支援していた国の人、それも内戦を繰り返し、壮絶な経験をして来た人達から、感謝され、日本を救うべきだと言われるなどという活動を続けて来た、テラルネッサンは本当に素晴らしいと思います。

そして、彼らが東北支援を決意し、しかし、何をどうすれば??と思っていると、鬼丸氏とは旧知であった吉野氏が、仕事を辞めて被災地で活動していたので、それならテラルネッサンスの東北として動いて欲しいとなったそうです。

これも凄いタイミングですが、素晴らしい思いの人が繋がっていくと、パワーを生んでいくのだなと感じますし、コンゴ、ウガンダの方々の後押しがなければ、テラは東北に入っていなかったでしょうし、テラがコンゴ、ウガンダを支援して来なければ、この様な後押しは無かったという事で、世界はしっかり繋がっているんだと感じます。


そして、短期間の支援で終わる団体が多い中、テラルネッサンスは東北の支援も10年は続けるという事です。

そんな素晴らしいテラルネッサンスを皆で応援しましょう!

今回の京都流議定書では皆様からの寄付を集めさせて頂きますが、その半分をテラルネッサンス、そして残りの半分を地域創造基金に対して、東北支援活動費として寄付させて頂きます。


その面におきましても、どうぞ宜しくお願いします!

報告と相談は自分の為

報告と相談、これがなかなか身につかず、もがいています。

経営品質などでは、報告できない様な雰囲気を出している上司が問題という話になるのでしょうが、ハッキリ言いますが、私はそうだとは思いません。

当然、言いやすい雰囲気であれば、報告も増えるのかもしれませんが、という事は、そもそも報告や相談というものは、上司の為にやるという事でしょうか?

あくまで、自分の仕事をうまく回す為、そして自分の仕事の成果を上げる為に行うのであって、実は自分の為に行うものだと私は思います。

このポイントがうちの会社でも身につかず、その事による問題も多いのですが、日本の一般的なサラリーマンでも、この感覚の人は多いと思います。

雰囲気がどうだとか、そんな事は本来は関係なく、自分の行おうとしている事が組織としてコンセンサスが得られるのか?或いは行っていく為の根回しでもあり、上司に相談して、摺り合わせを行うのです。

そして最初の段階で摺り合わせしておけば、堂々と自分の思う様に物事を進め、その経過報告をしながら又、方向性を摺り合わせるのです。

反対にクレームなど悪い状況になった際も、会社に怒られるとか、そんな事は関係なく、やはり自分の仕事として、どの様にすれば最小限で食い止められるのか?という話なのです。

これは今、社長だから言うのではなく、サラリーマン時代にも、この様な考えで取り組んできました。

何故か?自分の仕事だからです。
自分の仕事に対して、どの様な成果、結果をだすべきか?という事なので(それを仕事というのだと思います)、上司に怒られるとか、言い易いというのは、関係の無い話なのです。

ただ、うちの現状では、言いにくいという問題よりも、それぞれについて何をやるべきなのか?何を求められているのか?という事を分からず行っているので、何を相談し、報告しないといけないのか?が分かっていないのだと思います。

物質的な物については、他人の為に行う事が素晴らしいですが、経験というものは自分の為として考えれば良いのです。

これも教えてできるものではありませんが、プロになろう!とするのか、同じ事ですが、仕事に対してのプライド、お客さんに対しては、徹底的に役に立つ存在を心底目指せば、誰でもできる事だと思うのですが。

今月は、報告、相談徹底月間にしてみようかな?

2011年7月5日火曜日

課題山積でもできる事

当然課題だらけですが、我々でもできる事から追いかけたいと思います。


今回入った陸前高田だけでも、行ってみると半島になっていて入り組んでいる所が多く、しかも広域なので、とてもまだ全体を見れていないであろうと感じました。

半島の方では、かなり険しい、熊の出る道を通り抜けて(実際私が行った際には、鹿が横切りました)行かなくてはいけない集落もたくさんある様で、私が行った所も20軒あるかないかの集落でした。

そういう所ではティッッシュなど生活用品でも喜ばれますが、家は残っているので配給や保障はありません。
避難所では、配給や食料も出て、お金はかかりませんが、避難所におられる方からすると、家が残っている人は恵まれているとの思いなどもあり、避難所におられる方と、自宅に残られている方との間には、悲しい事ですが交わらない壁もできてしまっている様です。

ただ、言えるのは、物質が足りているかどうか、何が困っているかは、欲しいかなどは全部の場所でそれぞれ違い、マスコミなどを通して一概に今は〜は足りているとか、どういう段階だとか軽々しく言うことは危険だと思います。


課題だらけの中で、一番足らなく、あれば効果的な事は、各地区でボランティアや物資や要望など全ての事を、現場に居て割り振る人です。
しかもポイントは長期的に居座ってという事です。

ここが残念ながら行政では人が変わっていくので、被災者からすると同じことを人が変わる度に一から説明せねばならず、改善されていかない思いがするのです。


そう言う意味では、テラルネッサンスの様なNPO、長期的に活動をするNPOを窓口にして、そこの活動を資金面で支援していく事、これが一番有効ではないかと思います。


先日、福山内閣副官房長官には、全国のNPOがそれぞれ、どこの県や自治体のどんな支援をしているかを明確にすると、寄付する側もピンポイントで支援をする事ができるので、是非考えて欲しいと言っていたのですが、それだけでかなり効果的だと思います。

実際、現地にはたくさんのボランティアが入って来ているのですが、お金が続かない為に、意思があって行動してくれる人が活躍できていないという現実もある様です。

それとやはり、被災地で最も心配している事は、被害にあっていない人が忘れていく事です。

今回行ってみても、何十年かかるのだろう?と思いましたが、それだけに皆が自分でできる事を継続していく事、どんな小さいことでも、それが一番重要だと思いました。

うまくマッチングさえさせれば、ティッッシュやトイレットペーパーでも喜ばれるのです。


高飛車な大臣が分かるわけないんだから、有能なNPOに任せるとか、そんな事を考えて欲しいですね。

その人の問題

昨日から一泊で、しかも今日の夕方には京都に戻って来ないといけなかったという強行軍で、岩手の大槌町、陸前高田に行ってきました。

何から書けば良いのか、大槌も酷い状況でしたが、陸前高田は規模的にも町の殆ど全てが壊滅したと思う程、恐ろしい面積が瓦礫の山、もしくは、整理されて平地になっていました。

何度も言いますが、私は阪神大震災時には神戸に居て被災していますので、戦後の焼け野原になった様な光景も見た経験はあるのですが、その規模の違いに、声も無くしました。

写真は才能がない事もありますが、これも神戸の経験から、もし、そこの土地の所有者だったら、潰れた自分の土地を写真撮っている人を何と思うかと考えると、あまり撮る事ができませんでした。

思う事、書くべき事はたくさんあり、順次書いていきたいと思いますが、今日はまず一点のみ伝えたいと思います。

私も今回、一泊二日で、何もできず、見るだけで良いのか?とも思いましたし、震災後も今行っても迷惑がかかるだけでは?とか、実際ニュースなどでも、今は来て欲しくないという被災地の声を聞いた事もありました。

ただ、今回行って、向こうでもお話を聞きましたが、何であれ、いつであれ、行く人自体がどうするのか?という事にかかっているのだと思いました。

迷惑な人は何時行っても迷惑だし、役に立つ、有りがたい人は、何時であれ有りがたいのです。

見るだけでは?というのも、その人がそれでどうするのか?が問題であって、しっかり何かをやろうと思う人は、時間が無くて少しだけになっても、そういう人であればこそ、逆に見に行くべきだと思いました。

やはり少しであれ、現地で見て、自分で感じないと、本当の所は分からないと思いますから。

今回同行してくれた、テラルネッサンスの吉野さんは、震災時にはまだ東京の会社に勤めていたそうですが、直ぐに物資を持って現地に入り、情報も無いまま、車で行き当たりばったり物資を届けて回ったそうです。
その際に、何故か被災された方々が家族の様に思え、この人達と一緒に居たいと思う様になって、会社を辞めて岩手に来たそうです。

そんな人なら、そりゃ何時であれ、大変有りがたいと思いますし、少しでも何かしたいという思いのある方は、遠慮されず、是非行って欲しいと思います。

これも行ってみて、初めて明確に思えた事でした。

明日も又横浜へ出張なので、今日はこの辺で。

2011年7月3日日曜日

初めての東北行き

明日朝一で岩手に行きます。

実は私、東北地方には全く縁がなく、震災後どころか、生まれてから今まで行った事がないのです。

震災後暫くは、目的をしっかり持たず行く事は、迷惑にもなるという思いもあり、又、足元でできる事もたくさんあるとの思いから、現地へは向かいませんでした。

又、何十年スパンで考えないといけない様な被害ですから、じっくり腰を据えて考える事も必要だとも思っていました。

いくつかの団体へのお金や物資の寄付、京都での被災された方への協力など、こちらでできる事は微力ながら行なってきたつもりです。

そして、京都流議定書では、これで日本の価値観が変わらない様では、日本も駄目だという強い危機感から、価値観の変革を訴えていこうとしています。

ただ、ずっと悶々としていました。

平日では行きづらい中、土日両日空いている日がなく、ここまできたのですが、一度も現地を見ていなくて、何が分かるのか?と。
机上で言っているだけではないか?と。

という事で、たかだか一泊ではあるのですが、明日、明後日のしかも夜には会社に戻って来ないといけないので、そんな短時間で何ができるの?という話ですが、まずは自分の眼で見て、体感して、直接現地で話しを聞いて、今後長い取組になるであろう復興に向けて、自分達に何ができるのかを考えたいと思います。

一人で短時間で行きますので、今回はテラルネッサンスさんの遠野事務所の方にご同行頂いて、
少しでも情報を得て来ようと思います。

行けば問題だらけでしょうから、又、ここで書く事も多くなると思いますが、まだまだ何かしたいと思っておられる方には、見て頂ける様にしたいと思います。

という事で、明日は早いので、この辺で。

2011年7月1日金曜日

11'7月 ウエダ本社社報

3.11後の京都流議定書》

今月は、今年で四回目となった京都流議定書イベントがあります。

“今年は、ワークライフバランスからワークライフマネジメントへの転換という方向性で考えています”と、門川市長に説明させて頂いた数日後に大震災が起こりました。

売上、利益の最大化、それを目指す効率追求、それのみを追いかけ、賞賛してきた社会を見直していかないといけない、その為には京都の価値観を研究し、日本の価値観として、発信していく事を考えていくべきである、それが京都流議定書としてずっと唱えて来たベースの考えでした。

それだけに震災後も、従来の価値観に基づいて復旧していく様では、日本は終ってしまうのではないか?との強い危機感から、今年は3・11後の日本を考えていく方向に変更しました。

そもそも今後の日本が求める幸福はどんなイメージなのだろう?という幸福論から始まり、前原前大臣には世界の中で日本がどの様な立場にあるのか?をお話頂き、その後、価値観の変革や、その中での人づくり、街づくり、そしてそこから生まれてくるベンチャーや、それを支える人々の循環を興していく事、自分達が自主、自立して行動していく事が重要である。そんな形で構成する三日間です。

しかし、我々はこのイベントをボランティアとして行なっているわけではありません。

ウエダ本社の基本的なスタンスは、企業は世の中の役に立つ存在でないと、存在する意味がないという事であり、如何にその役に立つ存在に成りえるのか?を目指さなければならないというものです。

我々の様なディーラーが、役に立つ存在になる為には、世の中の課題に自社のスタンスからどの様にアプローチできるのか?を考えるべきだと思いますし、単に自社だけが儲かりさえずれば良いという考えや、売上、利益の大きさだけで判断する価値観を見直していく事は、我々自身の存在価値においても、重要な事なのです。

その様な意味合いですので、単なるお祭り的なイベントではなく、ウエダ本社として、何を大事にしているのか?どの様な世の中を目指して、その中でどの様に活動していくのか?を発信し、問いかけ、見出していく為だと認識してもらって、お得意先さん、仕入先さん、今後お取引頂きたいと考えている方々には必ずお越し頂ける様、案内して欲しいと思います。