2006年12月30日土曜日

この期に及んで・・のインド総括

今回で一番インド的なポイントである、ガンジスの沐浴に向かいました。
その日は朝5時頃から出かけて聖なる河に向かったのですが、まだ夜明け前から、祭りの様に人が一杯でしかも全員が河に向かっていました。



河に着くと、テレビなどで見たことのある光景がそこにありました。



とても濁った汚い河に入ってこの世での懺悔をするという宗教的な部分と、



その横で歯を磨いていたり、洗濯をしていたりという生活場になっていたり、火葬場もあり、そこで火葬した灰をこの河に流すという又聖なる部分とが混在していて、
その光景には全く頭も混乱させられました。



インドに初めて行ってみて、ほんの一部しか見てないと思いますが、それでも死生観というのは、変わったというか、色々考えさせられました。

牛も馬も犬も人間も同じレベルで生きているというか、乳飲み子を抱いて泣きながら物乞いをしている人間が居て、可哀相と思っていると、それを演技でやっていたりする姿も見えたりし、”生きる”という事に必死なんだという事を感じました。
それに対して、死んだ時に、聖なるカンガー(ガンジス)に火葬して灰を流してもらうのが、一番の栄誉という事なので、火葬場でも死というものに関して、暗い感じを受けないというか、あっけらかんとした感じさえ受けました。

この対比が何か不思議な感じがして、生というものへの感覚が明らかに違う事がわかりました。
多分この辺りのインドでは、イジメ自殺も、うつ病も無いと思います。
皆生きることに必死なんです。
精一杯生きて、その証というか、その結果あの聖なるカンガーに流してもらえるのです。

この感覚の違いは勿論色々な要因から来ると思いますが、その中でもやはり日本との圧倒的な違いは宗教観ではないかと思いました。
インドはたくさんの宗教が入り混じっているのですが、どの宗教かというよりも、全ての人のベースに宗教があり、その上にそれぞれの生と死がある様に思いました。

多くの人が無宗教と答える日本にとって、世界の国々や人を理解するには、多くの国、民族が深く抱いているこの宗教観を理解しないと、何も理解できないのではないかと思いましたし、今後はこういう宗教観の様なものも見て、世界を見、世界を見る事によって日本を見て行きたいと感じさせらたインド視察でした。

来年はちょっと視点が変わるかもしれませんよ?

という事で多分今年最後になると思います。
今、京都流コミュニティーでは色々な問題提起を行なってもらってますが、そんな所から来年もどう変わっていくか、、来年もどうぞよろしくお願い致します。

2006年12月29日金曜日

今日で終了しました。

ウエダ本社は今日で営業は終了致しました。
今年は最後の日に忘年会を行い、先程帰って来ました。

リーガロイヤルホテルで、仕入先も招待して和気藹々と行いましたが、色々企画を練ってくれた幹事達や、意外と居る芸達者なメンツのお陰で盛り上がった会で終わることができました。

こういう姿を見ると、一年経って、うちの会社も成長しているなと感じました。
決して、規模の大きい会社ではありませんが、京都的価値観でいくと、良い会社には
なって行っていると思います。

京都流サイトをやった事も、会社全体にも少なからず良い影響をもたらせているのですかね?

先月からブログを書く事が少なくなって来ていますが、この年末年始には、来年のブログの展開を考えてみます。

まだ、インドのガンジスが残っていますので、それを後日今年の締めくくりにしたいと思います。

2006年12月23日土曜日

京都流を考える

いぬまゆさんがこういう名前のコミュニティーを立ち上げてもらい、一気にたくさんの問題提起をしてもらっていて、本当に嬉しいです。

京都検定が終わった後、どうしても目的意識が希薄になる所ですので、大変有り難く、コメントを入れようと思ったのですが、どれもが良いテーマを頂いているので、
お礼かたがたブログの方に書かせて頂く事にしました。

いぬまゆさんに問題提起頂いているテーマについては、もう少し皆さんの意見を頂いてから、私は意見入れようと思いますので、是非是非、忌憚の無いご意見をよろしくお願い致します。

ただ、ブログの展開についてはどう持っていくかは難しいですねぇ?
京都流の特徴は、かなり内容がディープな事ですよね。
それだけに、京都通の方、京都に思いいれがある方が、このサイトを見つけて頂くと、ここは凄い!という事で、居ついて頂けますが、そこまで詳しくない方は、とてもこのレベルでは、発信できない・・という事になっていると思います。

私もこの立場でなければ、絶対!書けてないと思います。(笑)
実際、いぬまゆさんも言われてましたが、私も京都ネタだと、殆ど書けないですからね。
このサイトで収益を上げていれば、堂々日中から、色々な所に出歩いて行ってブログ書く事が、仕事と言えるんですが・・
そんな身分で、やれる様になるといいですね(笑)

でも、京都流では、相互リンクもお断りしている(相手側で貼って頂くのは勿論歓迎です)位で、全くここではビジネス展開することを考えておりません。
それが又、他のサイトと違う特徴で、分かりにくい所かも知れませんが、どこかとビジネスする事によって、そこに気を使う様になりたくないのです。

あくまで京都流では、京都検定の元々の理念に沿ったものを応援していこうとしていますので、ビジネスを行なって、或いは、関係があるからという事で、理念と合わない事をしたくないのと、その事によって、言いたい事が言えなくなるという事を避けたいのです。
今まで、私の様な文化度の低い者が、厚かましく、凄い方々の所に物怖じせずお邪魔しておりますのも、京都流サイトはビジネス追求していないからです。

我々の様な、ちっぽけな者が、京都を少しでも変えて行こう、或いは守って行こうとすれば、この行き方しかないのではないかと思っています。
それだけに今後も、理念追求の為に、言いたい事が言えるポジションでいたいと思っています。

ただ、折角京都流に参加頂いている方々にとって、ここに参加していれば、ブログをここで書いていればメリットがあるという様にはして行きたいですので、皆さんからのご意見をお聞かせ下さい!
言うだけは勝手ですから!但し、聞く側も、出来ることしか出来ませんが・(笑)

いぬまゆさん、うまく皆さんの意見引き出して下さいね!

2006年12月17日日曜日

一力 舞写真

昨日入れられなかった一力さんでの舞の写真のみUPします。
撮り方もうまくないですが・・雰囲気だけでも感じて頂ければ・・です。



一力亭で・・

昨日、正確には一昨日になる15日、ある会合で一力亭さんに行っておりました。

これも羨ましがられる話だと思いますが、私も一力さんに行けるなんて、年に一度この会合で行く位です。
その時の舞の写真は、変えたばかりの携帯で撮っている為、新しいメディアが必要で今まだUPできませんが、近々UPします。
実はインドの一番肝心なガンジスもまだUPしておらず、ちょっと最近サボっているのですが、忘れてはおりませんので、もう少しお待ち下さい。

15日は忘年会もかなりのピークで祇園も人が多かったですし、観光客も一力さんの前には、集まっており、その横を暖簾をくぐって入って行くのは、若干の優越感がありました(笑)

今回は、この会の一番の大きいお兄さん(祇園風の言い方)であられます、本家尾張屋15代当主の稲岡傳左衛門さんにお蕎麦についてお話頂きました。

京都は地下水に恵まれているので、その水のお陰で、そばも京都が一番美味いと仰っていました。
その地下水というのは40度位の軟水らしく、京料理でもそうだが、昆布だしがその水でないと全然違うそうで、菊乃井さんも東京に店を出されてますが、水は京都から持っていかれているそうです。

現在住んでいる者としても、あまり京都が水で恵まれているなんて感じた事はないのですが、こういう話を聞くと、多くの伝統産業、技術が、三方を山に囲まれた京都の地下水のお陰であるのだという事がよく分かりました。

古都技でもインタビューさせて頂きたい様なお話でしたが、この会には、古都技でお世話になった池坊由紀さんや、パゴンの亀田さん、実は1月にご登場頂く事になる、松栄堂の畑さんもメンバーであり、来られていました。

そう言えば、亀田さんには、”取り上げてくれて有難う。あのサイト見てる人結構多いんやね?あれに出してもらって、何人もサイト見たって言われて、恥ずしかったわ”と言って頂けました。

凄い方々にご協力頂いているので、皆さんが見て頂いていて、そういう反応が、出て頂いた方にフィードバックされて喜んで頂けると、私としても本当に嬉しいですし、
ホッとします。
これからも、そんな反響はドンドン起こして下さいね!

2006年12月13日水曜日

今日は何の日?

今日は何の日かご存知ですか?

12月13日、討ち入りの前の日!!も正解でしょうが、今日は事始めという日です。
新年の準備を今日から始めるという日で、本来はこの日からお歳暮を持って挨拶に行くという日です。

京都流常連の皆様は当然ご存知だと思いますが、祇園ではこの日は朝から、芸妓さん、舞妓さんが、お家元の所に挨拶に行かれます。
その光景を撮ろうと多く人が待ち構えていたりするらしいです。

京都新聞の夕刊の一面にも、5世井上八千代お家元に芸妓さんが挨拶されている写真が載っていましたが、そんな中私は、またまた役得な事をさせて頂いてました!!

今日は終日、事始めの挨拶でお忙しかったと思うのですが、一段落した後に、お家元にインタビューさせて頂いていたのです。

私も勿論お話させて頂くなんて初めてでしたが、品格があるというのは勿論ですが、素直にカッコいい!と思いました。
よく思うのですが、何かを極めて来られた方というのは、何とも言えない、雰囲気、格好良さをお持ちだと思います。
上品な品格の中に、一本のしっかりとした芯が通っているという格好良さです。

まだ、私共の都合もあり、UPできるのはかなり先になりますが、その様子を皆さんにも少しでもお伝えできればと思っておりますので、お楽しみにして下さい。

私も色々勉強になりましたし、大変興味深いお話ばかりだったのですが、編集するのが、ちょっと先になりますので、感激が覚めないうちに書かせて頂きました。
決して皆さんを羨ましがらせる為だけに書いたのではありませんので、ご了承下さい!(笑)

2006年12月10日日曜日

楽しまれました??

皆様試験の方は如何でしたか?

試験という響きはどうも良くないですよね?
よく、仕事などが終わった際に、お疲れ様でした!とかご苦労様でした!って言いますが、私の大好きな堀場製作所最高顧問の堀場雅夫氏は以前、これを言われると腹が立つと仰っていました。
”ワシは好きで仕事しているから、全然疲れていないからお疲れ様でしたと言うな”、というと、”ご苦労様でした”と言われる、”いや、全然苦労だと思ってないよ”と言うのだけれど、どうも日本人は仕事を苦労とか、しんどいものに思ってるのではないか?と。。

という事なので、私は今日検定受けられた方々には、この二つの言葉を言わなかった
のです。
元々の皆さんの動機からすれば、結果はともかく、ここまでこの目標に向かって、楽しんで来られたと思いますので、それが一番重要な素晴らしい事だと思うからです。
又本当はそれが、京都検定の一番の主旨だと思うし、これだけ検定が話題にもなってしまって、”試験”というイメージになってしまっているので、その主旨の所を守って行きたいという事から始めた”京都流”である訳です。

ですので、検定に向け1年間楽しんで来られて、何もなく過ごして来られた人より、大変素晴らしい一年を過ごして来られたと思いますので、お疲れ様、ご苦労様ではなく、”楽しまれましたか?”と言わせて頂きました。
でも今日くらいは、余韻に浸りながら、ほっと一息ついて下さい。

そういう主旨ですので、京都流は京都検定が終わったから終わるわけでも勿論無いですし、むしろ、残念ながら検定に受からなかった方が、京都への興味を失われない様に、受かられた方が、より京都について好きになって頂ける様に、微力ながら、活動して参ります。

ふうりん様から、”日本に京都流があって良かった”なんていう身に余るお言葉を頂きましたが、大手の会社や、ビジネスありきで展開される多くのサイトと違って、お金無い、企画力無い、人手かけられないという中で、何とかやって来て来れてますのも、勿論、事務局ノブや、新人よしこなどの頑張りもありますが、ふうりんさん始め、スタート時からずっと応援して下さったhickeyさん、ろぷさん、busstopさんや
mittsuさん、maruさん、snowflakeさんほかたくさんの方々に支えて頂いたお陰だと思います。
本当にどうも有難うございました!!

で、検定終わった今日からも、まだまだ楽しみましょう!又、私を筆頭に、京都の事をよく分かってない人達を楽しませて下さい!

2006年12月9日土曜日

適切に判断しました!

ついに日付ではもう明日ですね。

今やこんなブログ読んでる間ないかもしれませんが、皆さんどうか、楽しんで下さいね!
受かっても落っこちても、それは京都好き度とは関係ないので・・
受かった人は京都通だけれど落ちた人が京都通ではないわけではないですから。

と他人事の様に言っているという事は、以前にろぷ様より、単刀直入に質問を受けていた私めは・・受験致しません!!

適切に判断した結果、実はジュニア京都検定を受ける事に致しました。

別にそんなに引っ張る事は無かったのですが、我々京都流は、京都検定とジュニア京都検定の応援サイトです!
そこを忘れてはいけない事と、ジュニア京都検定という名前で小学生の検定というイメージが強いのですが、実は大人も受けられるという事のアピールの為、ジュニア京都検定を受ける事を決意した次第でございます!

ちょっと大そうですか?(笑)

で、この辺りが、適切に判断しますというお答えをした着地点としては、良いかなと自分では気に入ってるのですが・・(笑)

安倍総理は靖国へはどうするんでしょうね?

皆さま、頑張って下さい!

2006年12月5日火曜日

もうすぐですね。。

ご無沙汰してすいません!

全然書けてないので、落ち込んでる?などのご心配もお掛けしていたかもしれませんが、元気です!
ただ、単純に色々仕事が多くて時間が取れてないだけですが、もうすぐ復帰しようかと思ってます。
ちょっと歯切れが悪いのは最近皆様のお陰もあって、アクセスも開設以来、下る事なくずっと右肩上がり来ており、(華々しくはないですが・・)サイトも動いてきているので、このまま公式ブログからはフェードアウトしようかな??というのも、ちらっと考えたりもしてたりします。。(笑)

もうすぐと言えば、ホントもう直ぐですね??
まあ試験を楽しんで下さいね!あ、ちょっと他人事っぽかったですか?(笑)

2006年11月26日日曜日

この場をお借りして話させて頂きます(後)

苦境を脱して財務内容的にも恥ずかしくない様になった頃には、父は既にボケもあり、その介護も母がやっていました。
その際も、”あんたは会社の事だけしっかりやってくれたら良い、それが一番や”と言ってくれていました。
その言葉に甘えて私は会社の再建、発展に専念させてもらいました。

父は昨年自宅で亡くなりました。
これも死という事については突然でしたので死に目には会えませんでした。

その後も人に迷惑を掛けるのが嫌いな母は一人で住んでいました。
我々子供にも面倒をかけたがらなかったのです。

インドから帰ってすぐ、私が福岡出張中の朝、兄から電話がありました。
兄が迎えに行った時、母は心不全で亡くなっていたのです。
私が最後に話したのは、インドから帰国して、関空から電話したのが最後でした。
本当に全く突然過ぎて、親に対して何もできていなっかた事が悔やまれてなりません。
確かに会社を再建して仕事面では両親に顔向けできるとは思いますが、両親の死に目にも会えてないんです。
私も自分で創業してから結婚し、その後ウエダの建て直しに奔走していたので、自分に余裕も無かったのですが、ようやく少し余裕も出てきた段階だったのですが。

兎に角人の世話にはなりたがらなかったのと、派手な事を嫌っていた母ですので、会社の者以外には殆ど知らせず、本当に身内だけでの密葬ですませました。
それは母の性格を考えても良かったと思うのですが、今ウエダがあるのは、母の功労も大きかった事、父が良い格好ばかりできていたのも、母が裏で全て苦労していたお陰であった事を知ってもらう事で、少しでも浮かばれればという事と、何も出来なかった私の償いの少しにでもなればと思いこの場で書かせて頂きました。

京都検定や京都通の方々には全く関係ない話であり、検定の勉強をされている時に重い話になってすいません。

多分ウエダの幹部でも知らない話も書きましたが、ウエダに関係する人には、今ウエダがあるのは・・という事も再認識して欲しいと思いますし、京都流を通じて私と繋がりを持って頂いた方々にも、こんな背景もあって今京都流も生まれているわけですので、これも何かの縁という事でご容赦頂ければ嬉しいです。

インドから帰って今までと違う死生観とか、今まで全く興味もなかった宗教の事も少し勉強しなきゃと考える様になった途端の出来事でした。

この場をお借りして話させて頂きます(前)

最近、ブログにあまりじっくりと向かえてません。
ただでさえ、仕事が山積している上に、実は今月の8日に母が急死し、その絡みの事でも時間が取られ、やらなきゃいけない事だらけでちょっとキツイ状況です。
という事でこれからもブログに対して若干手薄になると思いますが、ご了解頂ければ幸いです。

今日はそのエクスキューズと共に、他人の手を借りるのを嫌い、ずっと人の事ばかりやって来て、苦労ばかりして来た母ですので、最後に陽の目ではないですが、皆さんにも知って頂く事で、少しでもその苦労が報われればと思い、ウエダの創業にも関わっていた母の事に触れたいと思います。

ウエダというのは私の母方の祖父、つまりこの母のお父さんの創業であります。
しかしこの祖父は私の母と血のつながりはありません。
上田の祖父は私の母の実父が亡くなった後に、祖母が再婚した相手で、思春期であった母は反発もしたらしく上田の籍には入らず、実父の中西という籍のままでいました。
上田の祖父からすると、自分に懐かない子供は可愛くなかったでしょうから、可愛がってもらったという感覚はなかったようです。

しかし、その養父がウエダを創業したので、青春時代は会社の配達から経理などを手伝っていたそうです。
後に私の父(岡村)と結婚をし、私の父が後に二代目となるわけですが、それも当初は養父から反対をされていたのですが、根っから商売人の上田の祖父は、ウエダに事務機部門を導入しようとの思いから、機械に多少明るかった岡村を入れる為に一転賛成して結婚する事になったそうです。

私の父は商売人タイプではなかったと思います。
2代目でもあり、お金(数字)にはあまり強くなく、義父との関係もあるでしょうが、
見栄・体裁が先走るタイプでした。
そんな父ですので、創業者である祖父が亡くなり、バブルが弾けると、業績はドンドン落ちて行っていました。

弟であり、小さい時からウエダには入らないと言い、繊維商社から30歳の時に独立をして別で会社をやっていた私が入らざるを得なかった時には、会社は問題だらけの大変な状況でした。
多分、2年程遅ければ倒産していたと思います。

しかし、外で良い格好ばかりしていた父の功罪?もあり、ウエダは外から見るとまだ良い会社に思われており、それを変えて行かなくてはならない私は業界内では勿論、社内でも社外でも悪役でした。
お父さんはそんな事しなかった・とかお父さんはもっとこんな風にしてた・とか、そりゃ父はお金の事、会社の事、社員の事などを考えずに、良い格好ばかりしていたわけですから気楽なものですよね。

この頃には一番母の苦労が分かりました。
この私のやっている役回りをずっと母はやっていたんだとこの時初めて分かりました。

2006年11月21日火曜日

インド日記⑥

インド日記⑤が抜けましたが、タージマハルが⑤でしたので今回は⑥です。
ですが、今日も日記というより、ちょっと風景写真でお茶を濁させてもらいます。

見ていると綺麗でおいしそうに見えるんですがね・・



デリーよりももっと雑踏で、マスクを持って行っていたのですが、マスクをしていても苦しかったです。



インドのスクールバスならぬスクールチャリです。
セレブの子供達なんでしょうね。





でもこんな野良牛も多いです。



仕事柄、こんな所も気になりました。
街角のコピー屋さんです。



ベナレスの雑踏をバックに一枚

2006年11月18日土曜日

タージマハル

国威が最盛期にあったムガル帝国の第 5代皇帝シャー・ジャハーンは、 その王妃ムムターズ・マハルに先立たれると、国中が 2年間の喪に服すことを命じ、20年以上の歳月をかけてこの墓を作ったとの事で、タージ・マハルとはムムターズ・マハルの名前が変化したものとの事です。

これを聞いてもその壮大さが分かると思いますが、実際これは実物を見ると壮大そのものでした。
名前は知らない方でも、この写真などは見た事あるんではないでしょうか?



赤砂岩の南門



をくぐると、正方形の庭園があり、その奥に約 100メートル角で高さが 7メートルの大基壇があり、高さ65メートルのドーム屋根の建物となっている。
これが全て純白の大理石でつくられているという口では言い表せないものです。



近くにいくとたくさんの象嵌の装飾が埋め込まれており、



以前サイトにも登場してくれたアミタさん(網ちゃん)は来たら良かったのに・・と思いました。

この建物の後ろ側は川が流れており、遠くまで見渡せる様になっています。
この後ろ側に回った時、インドの赤ちゃんが可愛いかったので、写真を撮らせてもらったりしていると、抱っこして撮れという事で撮らせてもらいました。
これは、お金の請求はなかったですよ(笑)

2006年11月16日木曜日

桜橘庵

今日は以前にこのブログでもお話した事のある桜橘庵(HPはこちら)という所にお邪魔しておりました。
京都ツアーというブログに出てくる、主に外国人向けのゲストハウスという事で紹介していた所です。

ここは御所近くの、元は江戸時代の儒学者皆川淇園の私塾である弘道館であったという所で、とてもこれが京都の街の真ん中にあるとは思えない、広さと静けさと佇まいです。
それが、会員制のゲストハウスとして11月からプレオーオープンされており、私の紹介した方との今後の展開の話があり、私もお邪魔していたというわけです。

元々は、外国の方をお招きして色々な文化をお見せする様な場所を造りたいとのコンセプトであった様ですが、私はこの話を聞いた時から、日本人いや京都人にでもすごくニーズのある話だと思っていました。

お茶やお香など敷居が高いと思いがちなものでも、こちらでは、最初は誰でも知らないんだという事から、その人のレベルに合わせてご対応頂けるので、私の様な文化度が低い者には大変ありがたいと思います。

このポイントが多くの伝統産業や文化には欠けているのだと思います。
それで、一部の方だけで行なわれていて、京都人ですら知らないという事が問題なんだと思います。
それで文化度の低い私が、もっと知らしめるべきじゃない?との思いから、こんなサイトまでやる様になったわけですが、レベルは全然高いですが、この桜橘庵さんも
決して迎合したり、レベルを落とす事はする必要はないが、知らしめる、そして文化に触れる、体験する、という事が重要だし、そんなコンセプトの場所がなかったという事で始められたわけです。

てな事で、京都流のコンセプトに共通する部分もありますし、何よりも私が勉強させて頂いて、文化度を高める為にも、今後桜橘庵さんについても微力ながら応援していきたいと思います。

法然院

今日、経済同友会の例会で法然院のご住職のお話を聞きました。

大変、分かり易く宗教についてお話頂き、宗教を身近に感じる事ができました。
まず、日本には約75000の寺院があるそうですが、それだけ残っているのは、今までの日本の殆どの寺院が先祖供養に重点を置いて来たからで、それはそれだけの寺院があるにもかかわらず、日本人の多くが無宗教であると答える事とも関係があるとおっしゃってました。
というのは、言わばビジネスになる先祖供養にばかり力を入れて来て、本来の大きな寺院の役割である、聞法という様なそれぞれの仏教の意味合いを説くという事を行なっていなかったからだという事です。

又ご住職曰く、全ての仏教で教えが違うわけで、本来はそれぞれの教えを知り、自分にあった宗派を選ぶべきであり、自分が楽になる考えの宗派を選ばないと、本来の意味がないとも言われていました。

又、昔は農業であったり、狩猟であったり、同じ事の繰り返しで生活をしており、単純であった為、あの世に生きがいを見つけようとしたが、今は常に決断を迫られる時代であり、そうすると、この世で生きがいを見つけられる人、決断力、発想力を持っている人には素晴らしい時代だが、生きがいが見つけられない人には苦しい時代である。
又それだけに現代において、同じ事を繰り返している寺院の空間はより重要性を増してくるのではないかという様な事も話されていて、大変興味深いお話でした。

最後に現代における京都の寺院の役割は、それぞれの宗派の事をしっかりと説き、拝観する寺から聞法する寺となり、自分の人生を考えて頂く上で切欠となる寺院になれないか?という事を考えて行動されているという事でした。

こんな風に考えてくれる寺院が多くなれば、そして75000もある中の多くがこの様な考えの寺院になってくれれば、道徳感、人生感から教育の問題まで一気に改善され、正しい、立派な宗教観を持った日本人が出てくるようになってくると思うのですが・・

法然院の梶田ご住職の事は今後も注目したいと思います。

2006年11月14日火曜日

インド日記③

今クリックボタンに使っている写真は、デリーからアグラという街に移動する際に乗った現地の特急列車の前で撮ったものです。
朝6時過ぎの電車で2時間弱乗車してアグラに行きましたが、特急列車!!につき車中ではお菓子



とチャイのサービスがありました。
しかし、今回の旅行中もそうですが、帰国後も原因不明の腹痛で即入院!という様な事もしてられないので、歯磨きもミネラル、生野菜を含め生の物は一切食べず、使うものも除菌!と注意しているだけに、こんな所で気を許しては元も子もないので、念には念を入れチャイには一口もつけませんでした。
熱しているので大丈夫とは思いますが、これ、やばそうでしょ?



途中の通過駅の線路近くで、多くの人が、しゃがんでいる光景がありました。
何で皆こちらを向いて座っているの?と見ていると、何とそれは朝のお勤めをしていたのです。
京都流ではふさわしくないかも知れませんが、これはインド日記ですので、下品でも何でもなく、本質のまま分かり易く言うと、”野グソ”をしていたわけです。
この光景は、へび遣い以上のインパクトがありましたが、さすがに写真を撮る気にはなれませんでした。

アグラに着き、こんな光景を抜けて、世界遺産タージマハールに向かいます。

2006年11月13日月曜日

九州国立博物館

先週の9日に福岡に行っておりました。
これはウエダの仕入先で金剛という会社があり、そのディーラーの会があったからです。
何故福岡であったかというと、九州に日本で4番目の国立博物館が出来て1周年が経ち、その会でここの本田博物館科学課長にお話をして頂き、翌日視察するというものであったからです。
残念ながら私はそれには行けなかったのですが、ウエダとの関係、京都流との関係にちょっと触れてみたいと思います。

この日本で4番目の博物館は、およそ100年ぶりにできた、21世紀初めてものであるので、環境建築という事であったり、自然との共生や市民と共に歩む開かれた博物館、
生きている博物館を目指すというものです。
又、従来の博物館の役割というのは、収集保管、調査研究、展示公開、教育普及という事であったのですが、ここではそれに加えて、文化財との関わり、地元の伝統技術等との交流の拠点になれというミッションがあるそうです。

これなどは京都流のミッションとも共通することもあり興味深く聞かせて頂きました。
色々なイベントなどの効果もあり、驚いた事に1年間で230万人が訪れたという事で、
日本の博物館では考えられない集客だと思います。
ちなみに京都で私も見に行った伊藤若冲と江戸絵画展が来年1月1日~3月11日まで開かれます。

又、このウエダのメイン仕入先の一つである金剛というメーカーは、この博物館でも収蔵庫を担当しているのですが、書架、移動棚などのTOPメーカーで日本の多くの博物館、図書館等に納めています。
ウエダも書架等は納めたりしているのですが、京都流ともつながりもある事だし、もっと博物館、美術館にも絡める様にしたいと思います。
そうすると、京都流とウエダ本社のビジネスをうまく繋げていく事になりますからね。。

2006年11月9日木曜日

インド日記②

私も行く前に勉強しなきゃと本も読みましたが、古代からの流れは複雑で殆ど頭に入りませんでしたので、難しい話はさておき、今のインドで特徴的な事は、人口が11億という事。
でもこれは中国と同じで、数えられっこないんで、確実にそれ以上いるという事。
中国と違ってそこが正に今後インドは凄く成長すると言われているのですが、若者の比率が圧倒的に高い事。
でもその中で、3000万人程しか税金を納めてない、要は払える層はそれだけしかいないという事。何せ1日1ドルで生活している人々が圧倒的に多いそうです。
カースト制は表向きなくなっているという事だが、無視しては考えられない事。
それと何よりも特徴的なのは、たくさんの宗教があり、それを複雑に混立させながら、バランスと取っている事です。

日本人のよく持つ間違いの一つに、インドは仏教の国という錯覚がありますが、全人口の0.8%だそうで、ヒンドゥー教が約80%、イスラム教が約13%です。
又、インド人のイメージでターバンを巻いているというのがありますが、あれも、西欧からすると日本人はちょんまげを結っているという程の間違いではないかもしれませんが、シク教徒のみでこれも全体の2%だそうです。

首都はデリーです。というと、ニューデリーじゃないの?と思われる方もおられるかと思いますが、デリーの中にニューデリー、オールドデリーという地区に分かれているので、特に現地ではデリーという様です。
で、首都と言ってもこんな感じです。



で、この中をサイクルリキシャと言われる乗り物に乗って走りました。
京都の人力車みたいなもんでかねぇ~。



車やバイク、自転車、歩行者、歩行牛、等色々な物?が同じ道路で一緒に動いており、横から抜いていくわ、反対車線から抜くわ、後ろからバスにクラクション鳴らされまくりだわ、まず声を上げずに乗る事は無理だと思います。

どんなジェットコースターも怖くないと言われる方は一度乗って見られたら良いと思います。
これは怖い筈ですよ。だって、レールは無いわけですから、しかも色んな角度から色んな物がこっちに向かってくるわけですから。。スリリングです。

そんな中、インド人の人懐っこさを表わしているかのように、前の方に乗っていた女の子がずっとこちらを見て微笑んでました。



これなんかもズームで撮ろうとしていると、振り落とされそうになるので、これでも良く撮れた方なんですよ。

もの凄い街の喧騒とこの女の子の可愛い微笑みのギャップがよかったです。。

2006年11月7日火曜日

インド日記①

今回は会議などは外して、毎日分というよりは雑感として書いていこうと思います。

10月29日に関空を出発し、シンガポール航空でまずシンガポールへ約7時間、そこで
約2時間のトランジットがありました。
シンガポールの空港はとても大きく、免税店もたくさんあったのですが、それも見ず、この間をぬって、ラウンジで今度今月の古都技にご登場頂く、パゴンの亀田さん
に、UPする内容をみてもらいチェックをしてもらってました。

てな事で今月UPの古都技は、友禅をアロハにして大成功を収めてられている、和と洋をうまくミックスされたパゴンの話を、古都技に載せるのに、シンガポール航空のラウンジで校正を受けていたというグローバルなものです。
そんな思いで見て下さいね!

で、シンガポールから約6時間弱かかってデリーへ到着したのが、現地時間の23時過ぎ
(日本時間では26時半)、ホテルに入ったのは、自宅を出て、丁度21時間後といういきなりの長旅でした。

翌日、スズキの工場に向かうバスの中でいきなり出くわしたのが、予告編でUPした
へび遣いの光景です。
うまい具合に、車が止まる所でやっていて、皆が写真を撮ったのを見て、きっちり、
”マニー”と請求していました。

これについては、きっちり”仕事”しているわけだし、皆写真撮って楽しんだわけですから、ガイドがチップを払っていました。

こんな感じでインドの旅はスタートしました。

2006年11月5日日曜日

帰国しております!

昨日インドより無事帰国しました。
という事で本の出版記念パーティーにも参加する事ができなかったのですが、なかなか面白かったようですね?

流石につかれていたのか今日は多分数年ぶりに10時間以上寝てました。
公式行事で回った部分は京都流ではあまり関係ないと思いますので、省略しますが、
今日はまじめにやっているという所の写真だけ入れておきますね。

インドで一番大きい日本企業であるスズキ自動車の工場視察に行った所です。
ヘルメット姿イケてます??



デリーの商工会議所との意見交換会風景



私もしっかり参加していました。



皆さんがご興味ある風景は明日以降ボチボチと・・

2006年11月2日木曜日

インド日記 現地より

実はこちらで普段出来ない仕事をやろうとしていたり、インド日記もUPしようと思っていたのですが、時間が全然無く、まずはこんな所だけで許して下さい。。



思っていた以上に何も無い所なのと、思っていた以上に飯もおいしく食べられて元気で居ます。
明日も朝からベナレスという街に移動して、明後日は早朝から沐浴を見に行きます。
詳しくは、帰国後ゆっくりまとめていきます。

2006年10月31日火曜日

インド日記序章

思いのほかハードスケジュールで、今初めてネット接続してます。

もっと時間があるかと、この日記と、他も色々仕事するつもりでしたが、帰国後になるかも?です。

少し体力も残して免疫力を持っておかないと、インドの菌は侮れないらしいので・・

今日も、もう休ませてもらいます。。

2006年10月28日土曜日

実は又・・

明日から海外に行きます。

京都検定の理念追及の為に人間の本質から見直す為にインドに行きます。

と、言うのは冗談ですが、7月は商工会議所の会頭ミッションに参加させて頂き、北欧に行ってきましたが、今度は経済同友会の視察で行って参ります。

皆さんが京都検定の勉強にスパートをかけてられる時に、北欧日記ならぬ、インド日記も入れていきますので、息抜きにでも見て下さい!

京都流理念再確認後編

気づいている方もおられるかも知れませんが、月曜日に京都流理念再確認の話として洛陽総合高校の話をし、その午後にも有った話は明日に書くと言っていながら、それが書けてなかったのです。
気づいておられた方・・・かなり京都流通です!!

どういう話かというと、実は今度の古都技に出てもらうインタビューをその日の午後にさせて頂いていたのですが、今度の古都技は少し違う視点でお願いしました。
その方は亀田富染工場の亀田社長なんですが、パゴンというブランドでアロハシャツを作っている会社です。
勿論、京都流で取り上げるわけですから、単なるアロハシャツであるわけはなく、元々は友禅の染工所であった亀田富染工場さんが、その持っていた友禅の柄を利用して作っている和柄のアロハシャツで、見事に全く違う展開で成功を収められている会社です。

京都流特にその中の古都技では、伝統文化や伝統産業を残して行く事、その為に知らしめていく事、そして特に伝統産業では技術継承という問題を何とかしたいと考えております。
その視点でいくと、友禅の柄で違う展開を図って見事に成功し、今や全国の百貨店などから出店の依頼が殺到しているのですが、一番良い場所や、こちらの条件をのんでもらわないと出店しないという事が言える様なブランドにされた亀田さんには、是非出て頂きたいとお願いをしたわけです。

話を聞いてみると、私が抱いていた京都や伝統産業への考えと共通するお考えもお持ちであったので、インタビューさせて頂いて、京都流の原点の理念という事を再認識していたという事でした。

私が思っていた原点というのは、伝統のものでも残さないと意味がないという事です。
伝統と言ってばかりで、形を変えず、衰退して行ったのでは意味がない、というか
勿体ない、馬鹿らしいとさえ思います。
その技術を生かして、決して迎合するのではなく、今受け入られるものに変化していかなくてはならないと思います。
そんな事を伝えたい、その為に知らしめたいというのが古都技の基本理念なのです。
そういう意味では亀田さんの展開は大変有意義だと思ってますので、又来月をお楽しみに!

2006年10月27日金曜日

JRの対応・・情けないです。

今日は日帰りで東京に行って先程帰ってきました。が、JRの対応で大変気分が悪い思いをしました。

今私はチケットをネットのエクスプレス予約で取っています。
大変便利で乗る寸前に駅でチケットを受け取るのですが、携帯にも出発の1時間前にも確認のメールが来ます。
で、今日の行きし、チケットに変え、改札に入りました。
するとそこで仕入先の部長に会い、名刺を出した際にどうやら指定券を落としたようなのです。
すぐに気づいたのですが、券は見つからす、改札に戻って話したら、女性の駅員がまず、対応が悪いのと共に、自分がどうしたらいいのか分かってない割に誰かに聞こうともせず、ここでまずイライラ。。

でも座席の指定番号も携帯に来ているし、領収書もあるので、証明は全部できるわけで、何とか、乗ってから車掌さんに言って、東京駅の改札で同じ様に見せて下さいと言われ、乗り込む事ができました。

乗車後車掌さんに見せて説明したら、この年配の車掌さんは、京都駅まで電話もしてくれたそうですが、見つからないので、やはり同じく東京駅の改札で、この携帯メールを見せて下さい、との事でした。

ところがです、東京駅改札で何の疑いもなく、座席指定の携帯メールと乗車券、それにトータルの領収書を見せてその通りの事情を言うと、あっさりと事務的に、指定券分を再度払って下さいというのです。

ちょっと待って!”京都駅と、車内の車掌さんにも確認して、これを降りる際に見せてもらえれば結構ですと言われて来たんですよ!”と言っても、規則でそうなってますから・・と無表情にあっさり。
ここで、社員以外!!には温厚な私もぶち切れました。(笑)
何度も確認してここまで来たという事、その確認した相手もJRの別々の部署の二人に確認して、それでOKと言われて来た事、大体、全く何も証明するものがないどころか、完璧に証明物が残っている事を丁寧に?説明しましたが、相変わらず、無愛想に精算書で言って来て下さい。との対応。

もうこれじゃ話にならないんで、”おたくと話しても無駄や!”(正確にはおたくという言い方ではないですが・)とその駅員の横を通って出て行ったら、又何と驚きな事に、それに対しては何も言わず素通りできたんです??

ホントに事務的?やる気ない?殿様商売?会社的問題?人間的問題?色々ありますが、ただ、ここで言っているのは、単にぼやいているのではなく、これが観光だったら、これで旅のイメージが台無しになる事だってあるし、一般の人も含めてこんな対応が京都でもあると、京都人は冷たい・・とかという印象にもなってしまうんですよね?
で、こういう教育を皆にする事はできないし、仮にした所で、各人がおもてなしの心を持ってないと、事務的になるだけなので、実は京都検定はこういう対応を京都人がしないように、おもてなしの心を持つ為に始められんですよね。

そういう意味ではJRの職員にも京都検定を学んでもらうべきですね?今日丁度良い本(京都検定を楽しむ本)も発売になっている事ですから!!

と、ぶちきれた話をうまく宣伝を絡めて纏めたつもりですが?・・

2006年10月26日木曜日

京都通サロン

事務局ののぶが本の宣伝をしてくれておりましたが、本の中で出て参りますが、1級の方々との座談会があり、そこで、京都通が集まれるサロンの様なものがあれば嬉しいとの話がありました。

その場でも言いましたが、京都の会社におやかまっさんに第一号で出てくれた、アミタさんがやっている京都ハンディークラフトセンターだと網田社長が考えているコンセプトにも合うので面白いのでは?と思ってました。

今日、網田社長に本も持参しながら、そんな話をしたら、マジで考えてましたが、あそこだと何も投資的なものは要らないし、やり方だけの話だと思いますので、実現できるように私も頑張ってみますね?

よその所の事を勝手に投資が要らないだろうとか好きな事言ってます(笑)が、でも網田さんも色々考えてることあるので、相乗効果も出ると思います。
この行く末はどうなるやら、楽しみにして見て下さい。

2006年10月24日火曜日

受勲を祝う会

今日は、漢検理事長の大久保昇氏の旭日双光章受勲を祝う会に出席させて頂きました。
京都流で関係あるというと、以前からお話している、木の歩道橋プロジェクトを立ち上げたあの大久保さんのお父様だという事です。

全国から500名程の参加という事で、凄い会でした。
だいたい発起人が元国連事務次長の明石康さんと、清水寺貫主の森清範さんということですから、その凄さを表わしておりますが、山田知事、桝本市長始め政治家の方々、門川教育長も来られてました。

そういえば教育長にも挨拶させて頂いたのですが、明日も朝から教育再生会議出席の為、官邸に行かれるとの事で、本当にお忙しいご様子でした。
京都流については、いつも応援してくれて有難うと言って頂きました。
ひょっとすると、これからは皆さんの意見が安倍総理に届くかも?ですよ!

あと凄かったのは、祇園甲部の芸者さんが20数名で行なわれた”手打ち”というもので、舞は見れるけど、この手打ちというのは、南座での顔見世の際に役者の方を迎える時にしか見れないものらしく、祇園甲部の方しか行なわれないものだそうです。
又、清水寺の森貫主から今年の漢字ならぬ、お祝いの漢字をその場で書いて進呈されていました。
今年の漢字は、投票で決めるがこの漢字は貫主自らが考えられたという事で、”勤”
という文字を豪快に書かれていました。
年末にニュースで見ていたお姿を生で見るという貴重な体験をさせて頂きましたし、
色んな意味でいい経験をさせて頂きました。

京都流の理念再確認

今日は朝、洛陽総合高校に行ってました。
これは、この高校が京都検定に取り組んでいて、高校生に検定取得を勧めているという事を知ったからで、高校生にも京都流に参加してもらえないか?という提案に行ったというわけです。
先生は京都流の趣旨をご理解頂き、対象の生徒さんには案内はして頂けると言って頂けました。

しかし先生は、京都検定に取り組もうとされたのは、少しでも京都を知る事、興味を持つ事が立派な教育になるとの思いから、進めだが、問題を見るとあまりに難しく、
誰も受からなかったらどうしよう?又、こういう形でも取り上げられ、そんな大事になるとは思っていなかったと仰ってました。

でも、この先生の狙いは、正に京都検定の趣旨の通りだし、全然オッケーだと思います。高校生の間に一人でも京都の事、産業の事、文化の事などに興味を持ってもらえれば、京都への貢献だと思いますし、地元の事が好きになった高校生を輩出するなんて、凄い立派な教育だと思います。

又、むしろ検定が終わってからの方が時間的に余裕が出るので、京都流で何か出来るかなど時間をとってみると言って頂きましたが、それなども京都流では、元々の趣旨に基づき、もし受からなかっても、折角興味を持った高校生達が京都への興味を切らさないようにしたいと思います。

午後からも京都流理念を再認識することがあったのですが、又明日にさせて頂きます。

2006年10月22日日曜日

時代祭りなんですよね?

ここで言うと大変不届き者だと思うのですが、私は一度も行った事がありません。
もう一つカミングアウトすると、葵祭りもです。

多分、ここに来てもらってる皆さんからすると、どうして?或いは勿体無い!という反応だと思いますが、でも多分これが京都人のスタンダードだと思います。

言えば、ここに問題がある訳で、だから京都検定だし、もっと早くからという事でジュニア京都検定という事になり、この問題は全てに共通しているであろうから、少しでも何がしかの問題提起をしていこうというのが京都流であるわけです。

色々な行事も年々その数は減っている様ですが、ある種、町衆の支えで成り立っていた様なものは、現実継続が無理になるものも出てくるでしょう。
しかし、重要な意味合いがあって、それが廃れるとそれに関わる重要な技術やノウハウ等も無くなってしまうという事もあると思います。

そういう事や意味合いなどからもっと広く教えていくという事が重要だと思うのですが?
時代祭りも正直言って、三大祭と言われていますが、何か重みに欠ける気がするのは、私の文化力が低いからだけでしょうか?

2006年10月19日木曜日

”京都検定の楽しみ方”の本なんですが・・

今朝の京都新聞で26日発売の”京都検定の楽しみ方”の本が紹介されていました。
記事としては、かなり大きい取り扱いだったと思います。

しかし!残念な事に京都流の名前もウエダ本社の名前も載っていませんでした。
あくまで淡交社が出す本という感じでした。

これは、新聞社としても読み手の立場から考えても至って当然だとは思います。
でも私的には、くっそ~っと思いました。

プレス的には小林企画事務所さんから、ウエダ本社と、淡交社と3社共同プレスで出して頂いていたのに、淡交社が・・となっていたわけです。
公式テキストを出している淡交社さんが、1級の方を集めた本を出されたというのは、注目を集めますし、そこにオフィス関係のウエダ本社が・・というのは、的をボヤけさせるだけなので、記事としては、あの方が、簡潔でインパクトはあると思うので、至って当然なんです。

でも、これはウエダ本社としてのブランド力が低いからであって、一見関係なさそうな所がやるにしても、もし、京セラや任天堂が・・と言えば当たり前ですが、絶対その名前を外すことはないわけです。
そういう意味で、その会社のTOPとしては、くっそーと思うわけで、いつかウエダの名前を入れないと記事の価値が上らないという様な会社にしてやる!!と又決意を新たにしたのでありました。

京都検定と関係ない話になってしましました。

ちょっと忙しくて・・・

すいません、ちょっとブログ空いてしまってました。

その間に京都流に関係するトピックスというと、月曜日は昼から関西外国語大学へ行っておりました。
これは京ことばの第一人者と言われる先生が、何故??か関西外国語大学におられるとの事で、それを取引銀行の部長から紹介を受けて一緒に行っていました。
初めてお目にかかり、こちらの趣旨説明から行なうので、どうなるか分からず行ったのですが、結果としては、いきなりインタビューという形を取らせて頂き、面白いお話を色々聞かせて頂きました。
これもいずれ京師のコーナーで紹介させて頂くと思いますが、言葉というものは変化していくものなので、無くなっていくことは、やむを得ないとも思いますが、その変遷の経緯には理由もあるので、知っておくべきだと思いました。
ちょっと編集の順番上、少し先になってしまうと思いますが、楽しみにしておいて下さい。

あ、それと京都流のおやかまっさんという言い方は、正しくないと指摘されました。。
おやかまっさんどした・・とか、要は”おやかまっさん”だけでは使わないという事です。皆さんすいません。。

それが終わった後、この日は木の歩道橋プロジェクトの打ち上げがあったので、直ぐに京都に戻りました。
場所は、御協賛も頂いた、ハイアットリージェンシー京都で行ないました。
ここの総支配人さんとは、色々お話させてもらっているのですが、非常に切れる方ですので、このホテルは京都で面白い存在になっていくと思います。
現実もうすぐ京都で一番高いホテルになるそうです。
この高いという指標は、客室数や稼働率とも関係するので、単純な単価ではないのですが、価格競争をせず、高級感を認められているという事だと思います。

で、ここのイタリアンレストランで打ち上げを行なったのですが、委員長の大久保さんからは又驚くべき!企画が発表されており、次期企画へ向けての冗談の様な話もしながら盛り上がっておりました。
この話もまたおいおいさせて頂きます。

2006年10月15日日曜日

青蓮院の夕べ

もう日付的には一昨日になってしましましたが、NPO法人京都文化企画室という所が企画された、青蓮院の夕べに参加させて頂きました。

これは日本舞踊の西川充さんが、悠仁親王のお誕生を祝ってのもので、東伏見慈晃ご門主の法話、常磐津都喜蔵さん、都史さん親子の三味線と唄にのせての西川充さんの舞いがあり、その後、茂山七五三さんの”狂言の笑いと型”という事で、実演(熱演)をまじえた楽しいお話という大変、豪華な内容でした。

約300名ほどの大盛況で、後ろの方で椅子に座っての観戦でしたので、西川充さんの舞はじっくり観れなかったのですが、茂山さんのお話は、狂言の事を分かりやすくご説明して頂き、大変楽しかったですし、来られている方々の反応を見ていても、こういう青蓮院という趣のある場所で、滅多に見れなかったり、敷居が高かったりする
ものを観たり、雰囲気を味わったりできて、大変堪能されているのがよくわかりした。
こういうのを見てもやっぱり、京都のコンテンツ、文化、伝統を決して汚しては駄目ですが、もっともっと気軽に楽しめるようにしなければならないと再認識しました。

私はこれは、水谷先生(ラッキー水谷さん)からお誘い頂いたのですが、この京都文化企画室という非営利活動法人は、会員向けにこういう機会を提供されていかれているようですので、ご興味のある方は以下、西川充さんのHP(こちら</a>)から一度ご覧下さい。

2006年10月11日水曜日

宝巌院

天龍寺の塔頭との事です。



公式テキストにも載ってないですよね?
サイトで検索すると、おそらく京都で一番新しいお寺とあった。

それ以外では紅葉のことばかりが検索で出て来たが、確かに紅葉時にはかなり綺麗そうでした。
又、庭もこの様な池?



があったり、この様な獅子岩や破崖の松などが面白かった。



2006年10月10日火曜日

昼夜とも祇園に行きました。

今日は午後、片山家能楽・京舞保存財団の事務局長さんに用事があり、お邪魔させて頂きました。
丁度その時、お能のお稽古をされており、その様子が聞こえておりました。

こんな経験なんてなかなかできないですよね?
こんな場に私などが入らさせて頂いていて良いのか?とも思いました。

夜には、商工会議所の会で、祇園の老舗お茶屋の富美代さんに行ってました。
私などは滅多にそんな老舗お茶屋さんには行かないので、芸子さんと粋な会話ができるというわけにはいかないのですが、祇園の芸子さん舞妓さんは、皆さんこの保存財団さんのお稽古場でお稽古されるわけです。
しかも、井上流京舞ではお能もお稽古されており、今月の片山清司先生がご指導されているわけで、そんな話ができてホント助かりました。
多分今日お話させて頂いていたお姉さん方も近々このサイトを見て頂けると思います。
何せ、先生にご登場して頂いているわけですからね!
そんな事で、今日はなかなか京都流な一日でした。
又、京都流をやっていて良かった~と思いました。

皆さんも、今後は祇園のお姉さん方も見ていただいてると思ってブログに取り組んで下さいね!

2006年10月9日月曜日

プライスコレクション

今日、国立近代美術館のプライスコレクションに行ってきました。

この京都流というサイトをやってなければ、まず行ってないと思いますし、伊藤若冲という画家の事も、知らなかったかも知れません。

ふうりんさんのブログで若冲と見た時に、誰それ?と思っていたのが正直なところで、その後よく名前を聞く様になり、そのコレクションが京都で行なわれていたので、絶対観に行こうと思ってました。
こういうきっかけを作って頂いた、ふうりんさん、有難うございました!

この自分自身のことを考えると、このサイトも凄いと思いますね。
ひょっとすると一生関係の無い世界へ、人を導くことになるわけですから・・

で、伊藤若冲の作品は、話題になっているからという事を差し引いても、好きですし、今後も注目したいと思います。
だいたい、どんな世界ででも、独自の路線を追求している人は好きなんで。。

こんな感じで色々な人の可能性を広げたり、新たな境地を開くこともあるので、皆さん、良いと思う事はドンドン発信お願いします!

2006年10月8日日曜日

龍安寺

先週行った京都ツアーも折角ですのでアップしきります。

龍安寺に向かいました。



中に入ると、石庭を目の不自由な方にも説明する為、ミニチュアがありました。



石庭にはご存知かもしれませんが、15の石が配置されています。
行かれた方は、しっかり15個見られましたか?
私はすぐに見つけられました!



水戸光圀が寄進したという、つくばい(参照:テキストP108・・ちょっと京都通の皆さんの真似をして見ました。笑)



でもこれって凄いですよね?
真ん中の口を使って、吾唯足知となり、ワレタダタルヲシルとなって、パンフによると禅の格言を謎解きに図案化した無言の悟道だそうです。

鏡容池です。



徳大寺家によって築かれたとの事で、おしどり池とも呼ばれたそうです。

ちょっと私のブログっぽくないですね??

2006年10月7日土曜日

出版記念会

正式には事務局からインフォで上げますが、昨日お知らせした本の出版記念会が11月4日に開かれます。

この日はホントは司会の大役をと考えて頂いていたらしいのですが、残念ながら、どうしてもその時間には行けません。
京都流からは、のぶにうちわを外して参加させることに致しますので、是非見に来て下さい。

以下簡単に内容載せておきますが、これはどう考えても安いですから、是非ご予定下さい!!


●日時  平成18年11月4日(土)午後3時~午後5時
<出版記念会>午後3時~午後5時 <懇親会>午後5時~午後6時
●場所  京都商工会議所 3階講堂(京都市中京区烏丸通夷川上ル)
●内容  1.上七軒の舞妓によるお座敷舞
2.京都検定講習会講師、岩上力氏によるトークショー
3.一級合格者パネルディスカッション
4.参加者全員による京都検定クイズ
5.一級合格者と語り合う(懇親会)
●会費  出版記念会       2000円(当日拝受)
※参加者に、「一級合格者が語る「京都検定」の楽しみ方」1冊進呈
懇親会<軽飲食含む>  2000円(当日拝受)
●定員  300名(定員になり次第、締切らせていただきます。)

ちなみに本が1260円ですから、お値打ちでしょ?
それと本の発売日は10月26日に正式決定したようです。
こちらも合わせてお願い致します!!

2006年10月5日木曜日

一級合格者が書いた本出版!

先日の京都ツアーの続きとか、最近良かった話とか、いくつか話しはあるのですが、今日はお知らせをさせて頂きます。

なんと!京都流から本が出ます!!!



先日のブラッシュアップ講座で紹介されたり、検定講座受講者には、チラシが送られていたりするかと思いますが、今月末(25日?)に写真の様な本が出ます。(デザインは変更の可能性あり)

これは1級合格者の6人の方に執筆して頂き、公式テキストを発行している淡交社から出るという本格的なものです。
と、偉そうに言ってますが、実際は編集を担当して頂いた、小林企画の小林さんが全て仕切ってやって頂きました。
それでも企画という立場で、本文中でも1級の方々との座談会という事で出させて頂いていたり、あとがきなども書かせて頂いておりますので、是非ご購入下さいね!
いずれ正式にプレスも行われると思いますが、今まで黙っているのがつらかったです。

京都流として、サイト以外で表に登場するのはこれが初めてですのが、今後は少しづつですが、色々発信していきたいと思ってますので、お楽しみにと共に、ご協力下さいね!

片山右京さんと・・・

もう日付も変わって昨日になってしまいまいましたが、夜は能率協会主催の島田プロデュース塾というセミナーで元F1ドライバーの片山右京さんが来られたので参加してきました。
後の懇親会の席で、乾杯の発声のご指名を頂き、その際にも言ったのですが、私はあまり芸能人には興味がなく、多分、キムタクが隣に居ても、あ、キムタクや・・という位で感情は高ぶらないと思います。
ですが、、野球選手とF1ドライバーは駄目なんです。
最近は行けなくなってますが、F1は以前のブームの前から鈴鹿には毎年行っていて、大好きなので、ミーハー感覚で参加しました。

ところが、そんな感覚は全く持てない程、右京さんは熱い方で、天ぷら油などの廃油をリサイクルしたオイル100%の燃料で来年1月パリダカールラリーに出られるのですが、この環境にやさしい燃料をもっと普及させる為に、京都議定書をまとめた京都が、この廃油を燃料として普及させるプロジェクトに関わらなくてどうする!という勢いで話されていました。

京都では約1000箇所に廃油の回収ポイントがあるらしいですが、全然足りないのと、全体の廃油の約半分を締める家庭からの廃油が全くリサイクルに回っていないそうです。
これは確かに重要なミッションを持った動きだと思いますので、私としても協力したいと思いました。

又このセミナーに参加させて頂いて、いくつかの良い出会い(京都流サイトにとっても)をさせて頂きました。
これについては、このサイトでご紹介させて頂くように致しますので、詳細は又その時に。。

という事で、プライベート的にも、京都流的にも大変有意義なセミナーに参加させて頂けたと思います。
プライベート的に、右京さんとツーショットで写真も撮らせて頂きましたし・・・
すいません本当は載せたいですが、ご了解も頂いてないので、文のみでご了承下さいませ。

2006年10月3日火曜日

京都ツアー

青蓮院の後は、今度御所前でオープンする主に外国人向けのゲストハウスに行きました。





まだ、予定通り行ったとして11月オープンなので、まだこれからの所も多いのですが、何せ我々が初めてのお客という事でした。
コンセプトは外国人がここで日本の文化を経験できる、又日本人でも接待などでゲストハウスとして使ってもらうという事で、非常に面白い狙いだと思います。
という事で全く無作法な私は、ここぞとばかりに

お茶



香道



お琴



と、教えて頂きました。

ここは、オープンされる際には又しっかりご案内しますが、御所すぐ近くという真ん中の場所で、京都らしい本当にゆったりと時間の流れる空間でした。

2006年10月2日月曜日

青蓮院②

折角なんで写真を載せておきます。



青蓮院さんは門跡寺院(皇室や摂関家の子弟が入寺する特定の寺院)の中で唯一、本当に皇室の方が門主をお勤めになられているお寺です。



という事で、確か門跡寺院では??絵にも名前を入れたりできないため、このように
札を立てるそうです。



今日はさらっとこの辺で。。

2006年10月1日日曜日

青蓮院

昨日は私にとっては大変有意義な一日でした。
以前にもお話したことのある、漢検の大久保さんに誘って頂き、京都ツアーに行ってました。
と、言っても二人で遊びに行っていたわけでもなく、大久保さんが親交のあるニューヨークの弁護士が京都に来られていて、その案内で色々まわるので、良ければ来ないかと誘ってもらっての事でした。

大久保さんの事をここで話したのは、木の歩道橋プロジェクトの時でしたが、何せあれを言い出した人なので、京都観光と言っても通常ではなかなか経験できない事もあり、内容充実でしたので、何度かに分けて報告します。

朝が、その中でも一番の目玉ですが、青蓮院さんに行きました。
それがただ行ったのではなく、青蓮院東伏見慈晃門主に直接お話を伺い、又襖絵を描かれた木村さんという方から説明をして頂きました。







これはアクリル絵の具で描かれているのですが、作者の木村さん曰く、青蓮院さんの様な門跡という高い位のお寺では、特にアクリルなどケミカルなものを偽物との概念が強く、そういう意味では、アクリルを使った襖絵というのはここだけだろうとの事でした。

今京都でも展示会が開かれていますが、伊藤若冲などでも当時は邪道と言われていたし、日本画のトレースという手法では力が無くなるので、こういう手法で力強く描かられたそうです。

青蓮院さんの様に高い位置にありながらも、いい物は取り入れようとされるその寛容さは凄いと思いますし、確かに色々寛容に取り組まれていますよね。
実は今月の13日にも別のイベントでお邪魔するんですが・・

2006年9月29日金曜日

やっぱり動くべきですよ!

最近あまりに運動しなさ過ぎなんで、普段会社に居る時は弁当買って会社で食べたのを、昼くらい歩いて食べにでようと思って、出かけました。
すると、ある人にばったり会い、食事しながら普段ゆっくり話せない事も色々話できました。

夜は夜で、うちの学生達やスタッフとの食事の後、東京から来られてる方が祇園におられたので、多少疲れ気味で迷いながらも11時過ぎから合流しましたが、これも又面白い話ができました。
やっぱり動いて人に会うと色んな事があるので、動くべきですよね?特に色々迷っていたりする人は、動けば何か出てきたりしますからね。

という事で、今日も寝不足なので、これだけで終わらせてもらいます。
実は単に、経営者って忙しく働いてるんや!っていう関係者へのアピールと、最近ちょっと更新ペースが落ちてきている、京都流見て頂いている方々への言い訳だったりするんですが・・

2006年9月26日火曜日

安倍内閣はどうなんでしょうか?

今日安倍内閣が組閣されましたが、どういう印象でしょうか?
小泉さんの改革を推し進めると記者会見では話されていましたが、大臣の顔ぶれは、かなり色々な方面に配慮した感じで、新鮮味がないとの意見も聞かれます。
又それよりも、安倍氏を推していた人を重用するという事がはっきりと出ていて、これについては、期待外れでした。
もっと若さと人気を利用して思い切って欲しかったと思います。
ただでさえ、自分達の主張も降ろして、自民党議員の66%が支持した状況に尚、この指示した人を重用するという行為は、偏った意見のみが受け入れられるという、良くない状況になりかねないと思います。

期待したいのは、歳出削減をはっきり言っていた事と、教育問題に力を入れるという事を掲げていることです。
教育問題は単に偏差値格差の問題などではなく、人間力を高める様な教育をして欲しいと思います。

今、堀江氏と宮内氏の裁判の様子もよく報道されてますが、堀江さん達を追っかけていた若い人達はどの様に思っているのでしょうか?
でもそういう人達は今でもあまり感じて無いのかも知れませんが、私などはあの裁判のやり取りを見ていると、あまりにもレベルが低くて情けなくなります。
あれが、時価総額で世界一を目指すと言っていた人と、当時はその実質の財務責任者で切れ者と言われた人ですよ?(勿論マスコミもかなり悪いですが・・)

安倍新総裁には、あの姿を見て教育に何が必要なのかを抜本的に考えて欲しいと思います。

2006年9月24日日曜日

京都流交流会のお土産の理由

昨日、ブラッシュアップ研修のお土産でmaruさんが八つ橋じゃないでしょうね?とコメントに書かれていて、一瞬ビクッとしました。
実はブラッシュアップ後に開催した京都流交流会のお土産に八つ橋を考えていたからです。

ところがこの理由はお彼岸とかは関係なく、単に次回のおやかまっさん企画には、本家西尾八ツ橋の西尾専務というより、今年の祇園祭のお稚児さんのお父さんと言った方がこのサイトらしいでしょうか、とにかくその西尾さんにインタビューさせてもらっていたので、その意味も込めたという事でした。
それと京都流の方々だと何処のお菓子にしても食べられていたりするでしょうから、かえって、八つ橋は盲点ではないか?と、西尾さんの所では9月から発売の栗と芋の八つ橋があったので、これは皆さん食べられてないやろ?と思い選んだわけです。
私もインタビュー行った際に頂きましたが、おいしかったですので、一度ご賞味下さい。別にアフェリエイトしているわけではありませんので、ご安心を!

あと、今年のお稚児さんのお父さんは、本当に気さくで面白い人物なので、どう纏められるか、うちのスタッフも悩んでおりますので、皆さんの方は是非楽しみにして下さい。

ブラッシュアップ研修と京都流交流会

今日は私もブラッシュアップ研修に参加させてもらってました。
ほぼ全員が検定取得者の中、関係者として厚かましくも入らせて頂いていたのですが、私などでも勉強になりました。
私の場合、話の中身は分からない事も多かったですが、片岡仁左衛門さんの何とも言えない気品は、勉強になったというか、あの雰囲気を出せる様な人間になりたい!と思いました。
又、その仁左衛門さんと1時間半もの間、二人でトークを展開された岩上先生はお見事の一言で感心して見させて頂きました。

その後ウエダ本社で開催させて頂きました、京都流交流会では、うちの関係者を除けば8名の参加でしたが、そのうち何と3名が1級の方という、京都流らしい!!中身の濃い方々にお集まり頂き、大変嬉しかったです。有難うございました!

これを機にもっとこういう輪を広げたいと思いますし、皆様からもドンドン、アドバイスを頂けます様お願い致します。

でも京都通の方々は、博学だし、奥深いですねぇ。。

2006年9月22日金曜日

明日の京都流交流会

明日開かれますブラッシュアップ研修の後、既にお知らせしておりますが、京都流事務局(ウエダ本社セミナールーム)で、京都流としての交流会を行ないます。
当日は、会社も休みの為、こちら側も私と担当者のみしか出席しませんので、充分な対応(おもてなし)ができないと思いますが、是非お時間の許される方はお気軽にお越し下さい。
又、36人しかおられない1級検定取得者の中のお一人にもお越し頂き、1級取得への道のりというと堅苦しいですが、今勉強中の皆様方の日頃の勉強方法や、取り組み、質問など、ざっくばらんなフリートークの会としたいと思っておりますので、少人数で中身の有る会にしたいと思っております。
時間ご都合のつく方は是非お楽しみ下さい。

2006年9月20日水曜日

盛和塾全国大会

昨日から二日間盛和塾の全国大会に行っておりました。
と言っても京都の国際会館であったのですが。

京都流ブログでは言ってなかったと思いますが、盛和塾という京セラ名誉会長の稲盛氏がボランティアで行なわれている、経営者の指導塾の様な会があり、私もそこで勉強させて頂いております。
塾と言っても今や、海外(アメリカ、ブラジル、中国)を含む全国57塾で4180名程の組織になっています。
元々は20数年前に京都の経営者を中心に、是非経営指導をして欲しいと稲盛氏に日参されて、20名ほどで始まった会が、稲盛塾長の日本の世直しの為には、良い経営者を育て、良い会社を作っていく事が世の中を清浄化する事に繋がるとの思いから、今や著名な経営者もたくさんおられる4000人を超す塾になったのです。
集計によると、全塾生企業の売上はなんと21兆円にも上るらしく、それだけを取っても稲盛塾長の国への貢献度は相当なものだと思います。

その盛和塾の中で年に一度全国大会という事で、8人の選ばれた経営者が、二日間に渡り、経営体験発表をし、それに塾長がコメントするというもので、経営者の甲子園ともいうべき行事が行なわれています。
それに国際会館の収容が1800名程ですので、入りきれない人数が海外含め、全国から集まるという驚きの勉強会です。

なぜその全国大会にそれも忙しい経営者が二日間もかけて行くのかと言うと、普段自分では頑張っているつもりなのが、まだこれだけ頑張っている人が居るのか・・とか、稲盛塾長の教えには、経営の原点12か条や、フィロソフィー(哲学)がたくさんあるのですが、それを日々活動している中で、実行できていない事の検証が出来るなど、そんな気づき、戒めをする為にそれだけ多くの経営者が集まってくるのです。

京都流ででもご興味があれば盛和塾の教えなどもご紹介しますが、私自身も色々考えさせられる事がありました。
でもこれは京都流に全く無関係ではないのです。
私が京都検定の理念に賛同したのは、こういう教えがベースにあっての事ですし、以前にも言いましたが、稲盛塾長が会頭時代の発言に京都検定の源があるわけですから。
私が好きな言葉で、塾長が常に経営者がやらなければならないと言われている問いかけは、”動機善なりや私心なかりしか”というのがあります。
経営者は何か事を興そうとした時、常に、その動機は善なのですか?それは自分の私心(欲)の為にやるのではないのですか?という事を問いかけなさいという意味です。

経営者だけなく一人でも多くの人が、この発想をする事ができれば、色々な問題も一挙に解決するのではないかと思いますし、京都でももっと良くなると思うのですが。。

2006年9月18日月曜日

”夢”の続き

社員に言っている事で、何故皆成功する様にしないんだろうという事があります。
それにはまず夢、目標が要るのでしょうが、何も考えずに毎日、仕事ではなく作業をしている人が居ます。
ここでの私の定義は、仕事というのは頭を使って掘り下げて考えて行なうものであり、ただ単にこなしているのは全て作業です。
しかも頭を使うと言ってもそれは数字に結びついたものでなくてはなりません。
仮に4つの仕事があるとして、その一つ一つに頭を使ってれば良いという問題ではなく、どれから行なうのか、いつまでに行なうのか、どれ位必要なのかという様な、事を考えて行なっているかどうかの違いです。

夢があるからそうできるのかもしれませんが、ただ夢が無いからと言って、ずっとそういうスタイルで取り組んでいる人には、多分一生かかっても夢や目的は現れないと思います。
よく若者が、自分のやりたい事がないから・・・という事を言いますが、そんな人生経験もしてない人が、やりたい事を簡単に見つけられるわけないと思います。

これには、教育が大きく関わるので、その意味でジュニア京都検定の主旨は大変素晴らしいと思っている訳ですが、今までの教育では、大学卒業するまで、或いは会社に入った後でも、やりたい事など多くの人は見つけられないと思います。
そういう中でも、向上欲をもっている人であれば、目の前の事にでも積極的に取り組み、掘り下げて考えたりするので、そこから目的を見出せたりするのだと思います。
ですので、何事にも積極的に取り組まない人を見ると、あえて成功しない様にしている様に思えてなりません。

今、夢や目的がなく、無駄に過ごしている人は、まず目の前の仕事に積極的に取り組んでみると、色々な事が変りだすと思います。
ただ、それは1ヶ月やそこらで変るものでもないと思います。
どれ位かというと、自分で頑張っているという評価するのではなく、周りの人が認めて、周りの人が評価して初めて変わり出します。
変わりだせば、そこから見えてくるものがあると思います。
又今夢がある人は、ウサギと亀の話の通り、地道に粘り強く向かうことです。

絶対的に成功する方法をご存知ですか?
それはただ一つ、成功するまで続けることです。

何やそれ!と突っ込み入れたくなりました?
でもこれは真実で、私も実際ある成功者から教えられた事です。
こんな事言ったら京都流止められませんね??(笑)

2006年9月16日土曜日

水谷さんの”今ここで決める事”をうけて

ラッキー水谷さんが先日書かれていた、今ここで決める事は正にウエダで社員に常に言っている事なんで、触発されて書きます。
触発されてというより、実は京都ネタとなると私の場合なかなかキツイんですが、この関連のネタであれば、話は色々できるから・・というのが本音(笑)です。

社員には常に夢を持てと言ってます。
夢を持て!というと何か、青春ドラマの綺麗ごとの様に感じるかもしれませんが、決してそうではなく、水谷さんがおっしゃる様に夢がないと、どこに向かえば良いか分からないからです。
だからおぼろげながらでも、こういう風になりたい、こういう生活をしたいという映像を浮べられれば良いと思います。
それをおぼろげな”夢”で終わらせるか、実現に向かえるのかは、目的化できるかどうかだと思います。目的化できれば、少しづつでもその方向に進めるわけです。

ところが多くの人が、まず自分の夢を持ててないんですよね。
で、社員にもよく言うのが、もし、皆の人生を俯瞰的に上から見れる神の様な存在がいるとしたら、その人?から見たら、あいつあそこで死ぬのに何もやってない、とか
何年も同じ場所でウロウロしているだけとか、馬鹿じゃないかと滑稽に見えないだろうか?とよくいうのです。
毎日無駄にただ、来てれば給料もらえるからという感覚で、全員必ず死ぬので本当は限られた一日なのを、無駄に過ごしていないか?という事をよく考えて欲しいと。

一ヶ月程前、ウエダの指針というのを社員に配りました。
それには、私が何の為に会社をやるのかから私の人生感まで書いていて、それをもってウエダというのはこの方向に向かう、その為に社員にはこういう事を望むという事を書いているものです。
これは4年程前に私がウエダという会社に来てから、再起業計画書というのをやはり社員に配ったのですが、それを元に、なかなかじっくり纏める事ができなかったのを、実は北欧行った行き帰りの飛行機と、その後の休暇中のグアムで纏めました。
(長い事会社空けたりしてましたが、ちゃんと仕事してるんですよ!笑)

社員に求めているは、自分の夢、人生を考え、その中でウエダで働く事で良いのか?から考え、それで良いとなれば、お互いそれを目指しましょう!という事で、それを考えてもらう為にまずウエダとしての考え、社長の考えをしっかり示さないといけないので、それを纏め、それをすりあわせて考えてもらおうとした訳です。
で、会社というのは使う側使われる側という関係ではなく、会社と社員の方向性を合わせて、お互いが自分の目的(夢)を達成できる場であるべきだと考えています。
就職セミナー向けにでも言った方が良かったですかね?(笑)

又、これらの関連、続編は書きたいと思います。

2006年9月13日水曜日

都道府県なんでもベスト10

先日野村證券のセミナーでもらった資料に47都道府県なんでもベスト10というのがあり、これ自体はセミナーとは関係ないのすが、じっくり見ると面白いので京都について気づいた所上げてみます。
色々な項目があるのですが、京都が1位になっているのが、語学月謝、エンゲル係数、
1世帯当たり漬物代、国宝数、短大・大学進学率という所で、着倒れと言う割りにエンゲル係数が1位で(ちなみに大阪は3位)、問題なのが、和服代という項目で京都が10位以内に入っていないのです(1位から香川、徳島、岐阜、山形、岡山)。
又、同じく和菓子もベスト10に入っておらず(1位から石川、福島、愛知、山口、熊本)、洋菓子では5位に入ってます(1位は兵庫)。
意外なのが、大学数で7位、短大数で9位という順位で、これは合ってるの?という感じですが、学校の数だけだとそうなるのでしょうか?

あとベスト10の項目で変ったところを上げると、窃盗犯が9位(1位福岡)、少年刑法犯検挙率が4位(1位大阪)、弁護士の割合4位(1位東京)、コメ代7位(1位静岡)、パン代5位(1位兵庫)、宝くじ売上8位(1位東京)、コーヒー・ココア代
2位(1位広島)、ソース代5位(1位広島)、歴代総理大臣輩出が6位(1位東京)、映画監督は3位(1位東京)、ミス日本は9位(1位東京)という事です。

又、残念ながら郷土愛という項目で京都はベスト10に入っておらず(1位から北海道、宮崎、静岡、群馬、神奈川)、ここは京都流や、京都検定、ジュニア京都検定で
挽回したいところですね。

この統計の集計年度と精度はこちらでは分かりませんのであくまで参考として下さい。

2006年9月12日火曜日

おやかまっさん企画 鼓月さん

今日から”京都の会社におやかまっさん”は鼓月の中西社長となっております。

前回までの網田社長よりもまだ若く、今年に就任されたばかりの社長ですが、じっくりこれだけ仕事の話を聞いた事もなかったので、大変興味深く聞かせてもらいました。
又、校正をまとめるに当たって参考にして下さいと”京の華”という本を貰いました。
これは、扶桑社から出ている著者蒲田春樹氏の本ですが、鼓月創業者中西美世氏(現社長のお祖母さん)の壮絶な人生を描かれたもので、大変面白いですので、ご興味ある方は読んでみて下さい。
京都には名だたるカリスマ経営者がたくさんおられますが、この創業者の方がやって来られた事は、そういう方々の中に入っても決してひけを取らず、女性としては、これだけの方はあまりおられないと思う程、何事にも挫けず、必死に仕事に取り組んで来られ、正に壮絶という言葉がぴったりの人生を生き抜いてこられたと思います。

鼓月さんというと、今ではある種のブランド力を形成されていると思いますが、繁栄の元にはやはり色々な状況を乗り越えられて来た過程があるのだと勉強させて頂きました。
そんなDNAを引き継いだ、新社長の今後の展開に期待しています!
と言うと、プレッシャーかかり過ぎですかね?(笑)

2006年9月10日日曜日

古都技に登場!堀木エリ子さん

今日から第五回の古都技を掲載しております。
今回は、和紙アーティスト?デザイナー?職人?と肩書きをつけるのを困るのですが、兎に角、和紙を画期的に変えられた堀木エリ子さんです。
文中にも出てきますが、長靴から地下足袋までというコピーそのままに、デザインをして、和紙をすくところから、制作、施工まで全てやられるスタイルで、他では出来ない和紙を作られています。
何年前でしたか、ドイツハノーバーでの博覧会で時速80キロで走る和紙の自動車というのが話題になりましたが、それも堀木さんの作品で、それが代表する様に、成田空港ターミナル等、堀木さんの和紙は、外壁にも使えるものです。
作品例などはHP(こちら)をご覧下さい。

堀木さんの事は5年ほど前から知っていましたが、和紙アーティストとしては私など言葉を挟める余地はないですが、実はビジネスマンとしても本当に凄いと尊敬しています。
これら和紙の展開にも繋がるのですが、堀木さんの言われる事に、”できる”か”できない”かから、”できない”という選択肢を消すと、答えは”できる”しかなくなり、後はどうすれば”できる”かしか考えがなくなるという事です。

これが堀木さんを全て表わしていると言ってもいいと思います。
この精神で、子供がぶら下がっても破れない・・等、色々な場所で破れない和紙を作られてきました。
堀木さんの展開は、考え方は正に多くの伝統産業にはヒントになると思いますし、うまくいっていないビジネスマンでも大いに参考になると思います。

大いに刺激を受けて頂きたいと思います。私も刺激を受けて見て行きたいと思いますし、今後のご活躍も大いに期待しています。

2006年9月9日土曜日

京都学

今日は京都学園大学にお邪魔し、学長さんにお会いして来ました。
京都検定がブームとなってから、色々な大学が京都学や京都を題材にした授業を行なう様になっていますが、京都学園大学さんが最初に始められたそうです。
それだけに取り組みも面白く、伝統と革新という事をテーマに学部横断的に言わば、大学のメインの一つに据えて取り組まれておられます。

又驚いたのは今年から就任された学長さんは、元々の学者ではなく実業界におられた方で、何と京セラの秘書室長も務められた経歴を持たれており、今後従来の大学とは違う切り口で展開されていかれるので、大変期待ができると思います。

京都流の考えるところとかなり共通する部分もあり、今後は色々連携させて頂けるのではないかと思いました。
その差し当たりでもないですが、今月下旬から、おやかまっさん企画の先生版的な企画スタートさせますが、最初に京都学園大の先生に登場して頂きます。

こちらも楽しみにして下さい。

2006年9月7日木曜日

京都迎賓館におけるしつらえともてなしのこころ~伝統工芸

4回企画の第3回目になるのですが、伝統工芸というテーマで、つづれ織として川島織物セルコンの明石氏、障子の静好堂中島の中島氏、左官の佐藤左官工業所の佐藤氏
がパネリストで、前回同様日建設計の佐藤氏がコーディネーターで行なわれました。

今回はブライトンホテルであったのですが、ざっと見た所300名程入っていて盛況であったと思います。

それぞれの立場での迎賓館の仕事についての話でしたが、土壁などでもあの場所で掘った土を13ヶ月もかけて作っていたり、障子に使う和紙でも名前は忘れましたがある有名な職人さんを指定して、その職人さんが寒月に漉いたものだけを使用したという話であったり、やはり究極の技を集めているという事がよくわかりました。

こういう話を聞くと、どの職人さんも仕事に誇りを持って素晴らしく思うのに、何故もっとそういう事が知られないのか、知らしめないのか、不思議に思います。
それぞれが皆重要で、しかも凄く輝いている仕事に思えるのですが、もっと知らしめると若い人でも希望する人がたくさん居るようにおもうのですが・・
まあそんな事もあって迎賓館では、技術の最高峰のものを集めたと思うのですが、それであれば、公開ももっとすべきとも思いますが、それよりももっと広報というか関わった全ての技術について、知らしめるべきだと思います。

京都流ではこういう技術継承問題もやりたいんですがね・・・

2006年9月5日火曜日

片山家能楽・京舞保存財団

昨日は古都技で、能楽師観世流シテ方の片山清司さんにインタビューさせて
頂きました。
しかもこれまた、ご興味ある方からしますと、何と役得な!或いは、全然知らない人間が何と厚かましい!と思われると思いますが、片山家能楽・京舞保存財団さんにお邪魔して来ました。
ここでは能楽の先生方が日々稽古を重ねられている場所に、ほんの少し前まで、伝統文化どころか京都の事もろくに知らなかった私が、足を踏み入れさせて頂いている事に、申し訳なく思うのと共に、人生って面白いよなっと感じてました。

ほんの数年前までの感覚、価値観のままであれば、まず間違いなく、一生入る事はなかったであろう場所に出入りさせて頂いているのです。

でもそんな重みのあるお家、流派を背負われている片山清司さんは、本当にきさくな方で、終始我々を固まらせない様にお気遣い頂きました。
又、片山さんもやはりお能を広める事、しかも名作を残していく事に力を注がれ、ご自分で絵本まで出版されておられます。

この様子は又来月の古都技に掲載させて頂きますので、お楽しみ下さい!

又、今月の古都技は告知ができていなかったと思いますが、これまた世界的にご活躍されている和紙アーティストの堀木エリ子さんに登場して頂きますので、こちらもどうか楽しみにして下さい。

そんなこんなで役得ばかりですいません!
でも、これだけやってれば良いんですが、色々な仕事のある中でやっているので、苦労はあるんですよ!?

2006年9月2日土曜日

庭園セミナーと教育学会

昨日からりメディアル教育学会という学会の全国大会が京都であり、それに参加させて頂きながら、今日午後は”京都迎賓館におけるしつらえともてなしのこころ”の庭園セミナーに出て夕方又学会に戻るという、一見それぞれ全く関係なさそうなスケジュールをこなしておりました。
ところがこれが、全く関係なくはないんですよね?この京都流サイトの理念部分で繋がるというか・・

りメディアル教育学会というのは要は再教育という事で、今大学生向けには学力低下が甚だしいので、再教育が必要だという事を研究されている学会です。
その中でも日本語教育も重要視されていて、文法から、話言葉から、全然なってないので、全てのベースがしっかりしていないという話です。

片や庭園セミナーでは植藤造園の佐野藤右衛門氏、中村外二工務店の中村義明氏をパネリストに、日建設計の佐藤義信氏がコーディネーターで、迎賓館建築についてのお話をされたのですが、これらそれぞれの分野で一流の方々のお話なので、ホントに深いんですよね。
佐野氏はもう80歳になられる様ですが、一言一言に重みと深みがありました。
庭は20年~30年経ってなじんで行くものなので、自分達は100年先、300年先、500年先にどうなるかを見据えてやっている。とか、ベルサイユ宮殿をイメージすると分かるが、西欧の庭はいつの時代でも同じだが、日本の庭は生きていて、微妙に変化しながら、一つ一つも競合しながら融合している。とか要はそういう経年変化というものを考え、生きているというものを生かし、未来進行形で考え、創造して、それらを建物と庭園とか他の工芸など、全てのポジションで創造的にコラボされた技の結集が京都迎賓館なのだという事が良く分かりました。

それで海外のご経験も豊富なお二方共が仰っていていたのは、日本の技術は素晴らしいという事であり、日本人の勘だとか、欧米人の様に合理的でない日本人の精神性
の素晴らしさでした。

でも片や日本の良さを知らず、知らされず、日本語もまともに話しできず、読めず、理解できずという日本人がドンドン増えてきて、今尚学力低下が止まらない状況であるというのです。
英語も良いけど、日本語教育であり、日本の文化教育がもっともっと重要なんじゃないでしょうか?
そんなこんなで、全然関係のない、大学の先生方の教育学会と職人さんのお話が私の中で見事に繋がったこの二日間でした。

2006年8月31日木曜日

探訪日本の匠

今日は梅田に出かけた際、阪急百貨店によってみると、催し会場で、~探訪日本の匠
~という催し物をやっていました。
北から南から64人の職人たちという事で集まっておられ、京都からは、京のれん、京象嵌、京独楽、京友禅など10名が出られていました。
平日の昼間でしたが、人も多く、特に小物類などは良く売れてました。
9月5日まで行なわれているようですので、ご興味ある方は行ってみて下さい。

この中で京独楽の中村さんという方は、私も知っている方で、今月特集させて頂いている、おやかまっさんのコーナーに出て頂いた、ハンディクラフトセンターさんに入られている方です。
この方まだお若いのですが、確かこの京独楽というものを作られるのは、この方しかおられないと思います。

ですので、こういうイベントに行くと必ず出てられます。
平日はお店で仕事され、休日はこういうイベントが良くあるので行かれており、大変だと思いますが、これも京独楽という物を知ってもらわないと・・という事で頑張ってられます。
もし行かれる方ありましたら、是非寄ってみてください。
京都流という事でピンとくるか分かりませんが、ウエダ本社の展開しているサイトで・・という事で言ってもらえれば分かると思いますので・・

2006年8月30日水曜日

刺激のある一日でした。

今日は、以前からお話していた、木の歩道橋デザインコンペの公開プレゼンテーションがあり、朝から夕方まで会場である河村能舞台(HPはこちら)に行っておりました。
まず能舞台に出入りさせて頂く事自体が初体験で、会場も大変趣のあるものでした。

一次審査で6作品+高校生の1作品の計7作品をそれぞれ、観客を前にしてプレゼンをするのですが、本当にレベルが高く、又プレゼン能力もあり、予想以上に満足度の高い
イベントになったと思います。
審査委員長をお勤め頂いた、米米クラブの石井竜也さんや建築家の隈研吾さん、京都流でもお世話になっている門川教育長や池坊由紀さんなど13名の審査員の先生方も口々に面白かったと満足をされていました。
先日も言ってましたが、石井竜也さんも学生のセンスがドンドン良くなっていて、レベルが本当に高いとおっしゃってました。
ホント、それを再認識しましたし、よくある言い方で言いますと、パワーをもらったというか、何か自分のやりたい事へ向かっていくエネルギーを感じる事ができて、清清しい気分になりました。
ちなみに優勝(京都市長賞)した東大の学生は、先日の一次審査から模型をより凄いものに作りなおし、レンタカーを借りてそれを運んで朝4時に着いたそうです。

河村能舞台さんで行なわれている活動についても色々聞かせて頂いていたのですが、これも興味深い話でしたので、又お話聞かせて頂いて、皆様にもお伝えするようにしますね!

夕方コンペが終わってからは、北欧ミッションの打ち上げというか、写真交換会と称しての会合があり、貴船に行ってました。

そんな状態で京都に居ながら、会社には全く行けなかったのですが、今日は中身の濃い一日でした。

2006年8月29日火曜日

役得ですいません!

今日円通寺の和尚さんにお会いして来ました。
実は以前から古都技に出て頂けないかと考えており、まずは主旨説明をさせて頂くべく電話でアポを取り、30分程であればという事でお邪魔させて頂いて来ました。

京都流の主旨、私がここに至る起点となったのは、円通寺さんの借景問題に関わってからであるという事などをお話させて頂き、なんと約1時間半和尚さんのお話をマンツーマンで聞かせて頂きました。
(京都通の皆様すいません!)
結論的には和尚さんが出て頂いた場合メリット、デメリット両面あり、すぐに古都技に出て頂くという事にはならないと思いますが、我々の主旨も大変良い事だとのお言葉も頂き、なんらかの形でご協力頂けるという事になりました。

私なんかは当然知らないお話も色々お聞かせ頂きましたし、こういうお話を聞かせて頂いても、京都の事を知らしめるという事の必要性、ミッションを再認識しました。
京都仏教会などでも、しっかりやられている事が、外からは全然見えてないとも感じましたし、だいたい円通寺さんの写真撮影を禁止されていた事、最近は許可されている意味も理解できていなかったです。

写真禁止されていたのも我々では考えられない位、長いスパンで考えられていたのですが、まとめさせて頂くと以下の様なお話です。

もし、収入などを考えていたら、PRで写真、映像を許可すれば早いが、もしそれをしていたら、もう既にこの景観は無いであろう。
それをしていたら、観光客がどっと押しかけて来て、そうすると道路整備をしなくてはならず、お寺で開発反対と言っていても、結果言ってる事とやっている事が違ってくる。
今円通寺に通じる道筋は江戸時代に作った道のままである。だから円通寺に向かうには不便で迷う道になっているのだが、それは円通寺は離宮であったからである。
離宮というのは、離宮側からは要所に行き易く作られているのであって、名所ではないので、町中から行き易い様になっているのではないのである。
その離宮を守るには、その景観を守るには、PRして人が来る様になって、それで事故や、不便があって、開発が進んだら本末転倒になる為、人がドット押し寄せる様にはしないという深い話だったんです。

では、何故今写真撮影を許可されたかですが、これは皆さんもご存知の通り、円通寺の周りも開発が進み、和尚さんも本当に東奔西走され、何とか高さ等条件もギリギリの線で守られたが、でも周りの風景は年々変わって行く様になっている。
もう今年と同じ風景は来年には変っているので、それなら多くの人に記憶に残してもらおう、以前は子供達の入場も規制していたが、子供達にも今年の風景を見てもらって、その中から関心を持つ子が現れ、年々の変化を感じ、それに問題意識を持つ人が広がっていくことを願っているとの事でした。

本当に大変な難題に対して長いスパンで考えられ、しかも道筋をしっかり立てられて
難題に向かわれていかれていて、経営者の立場としてお話を聞いても大変勉強になりました。
これ以外にも色々お話を聞かせて頂き、又今後も色々ご指導頂けると思いますので、
役得ではありますが、皆様にもできるだけお伝えして参りますので、ご了承下さい。

2006年8月26日土曜日

夢と目的の関係

hickeyさんが入れてくれていたコメントにある目的と水谷さんの夢の話に関連して、以前、社員にも話した私の好きな話というか、凄いと思う話があります。

というのは、2年程前だったか、テレビでイチロー選手が、夢はなんですか?的な質問だったか、質問をされて、”夢なのか目的なのかが分からないんですよね・・”とサラッと答えているのを見て、凄い!と思いました。

多くの人は夢というと、殆ど実現の可能性の低いものと思ってないですか?
イチロー選手の場合も大リーグにいく事は最初は夢だったと思います。
多くの人は、まして当時日本人が大リーグへ行くのは、殆ど実現の可能性の低い”夢”で終わるのです。
そんな夢みたいな事を言って・・とか、ほのかな夢なんです。

ところがイチロー選手は、それがある時から目的に変るので、夢でなくなるという様な事を言っていたのです。
だから夢なのか目的なのかが分からなくなると言うのです。

恐ろしく凄い話だと思いませんか?
普通の人では、殆ど実現できないと思っている夢はイチロー選手では目的にして、目的にした瞬間から実現可能な事に変るのです。

ここ最近、目的の話をしてましたが、それらの通り目的を持つと、凄いパワーを生み、想像もしない事ができるのです。

そう考えると、夢も目的も無いという人は、わざわざ人生を平凡かもしくは無意味なものにしていると思います。
社員にもよく話す事ですが、そういう意味では、夢を持ち、その方向にどんな小さな動きでも良いから進む事だと思います。
そうすると、ある時から夢が目的に変っていくのだと思います。

2006年8月25日金曜日

京のブランド産品とセリ見学

今日は朝5時に起きて京都市中央卸売市場でセリを見学して来ました。
これは私の入っているある会で月一回朝食会があるのですが、今月はそれをメンバーである京都青果合同さん(HPはこちら)のご協力で、市場、セリ見学をさせて頂きました。



私もセリなんていうものを見るのは初体験で大変面白かったです。
目の前で色々な野菜、果物がセリにかけられその場で売買されていく様子は、流通の源を見ているみたいで興味深かったです。
ちなみにこの京果(京都青果合同)さんは京都に流通する野菜の約8割、果物で9割程を扱われており、本当に野菜・果物の源です。



せり落とされたメロン・・縞の細かいものの方が高級だそうです。

ここでは勿論、ジュニア京都検定ではテキストにも載っている、京の伝統野菜やブランド京野菜もしっかり取引が行なわれていました。



京都と滋賀は、個別農家が直接持ち込んで来るので、別コーナーで別セリ方式で取引されていました。

ブランド京野菜(京のブランド産品)については、ジュニア京都検定テキストにも21品目の説明まで載ってますし、以下のHPでも、又ご覧下さい。



これが特に品質を厳選されたものだけに貼られるマークだそうで、当然他の物より高いらしいですが、こういう事は高くなってもドンドンやって欲しいですね。

そんなこんなで朝早くから行った甲斐がありました。
実はあと一つ大きな甲斐があったのですが、今回の参加メンバーは松茸を予約注文しており、買って帰れた事です。
でも私は、京都流を運営する立場ですから、そりゃおもてなしの心で、社員にも少しづつですが、行き渡る様に買って帰りましたよ!

中国産ですが、中国でも大干ばつで、今年は非常に入荷が少ないらしいです。
丹波産なんかはとんでもなく、今年だと1kg30万円程になるのではないか?と言われていました。

これは雨が少ないという事と、山の生態系が崩れている事が大きな要因の様です。
松茸に限らず、山の問題もホントに源から考えないといけない問題です・・