2018年1月21日日曜日

短絡的、表面的思考の戒め

今月20日でトランプ政権も1年が経ちました。

殆どの新聞、テレビのニュースでの表現は、過去最低の支持率37%と言い、支持しなくなった有権者のコメントなどを載せて、支持が落ちているという報道をしていますが、以前から、これらの報道には違和感を持っていました。

その中で、日本テレビのニュースで、トランプ支持層の多かった地域でのインタビューを流していましたが、驚くほどトランプ支持が揺らいでおらず、やっぱりそうかと思いました。

と言っても勿論、トランプ政権が素晴らしいなどと思っているわけではありませんし、日テレのこの報道にも、編集する方向もあったと思いますが、これまでの多くのマスコミの意図的なのか一面的なのか、偏向報道が気になっていたので、この特集は初めて納得した気がしました。

何を言いたいかと言えば、就任直前の支持率でも40%という報道もあったのですから、逆にこれだけの暴言、日本だと一発で退陣という事を何度も重ねて来て37%という事は、"殆ど下がっていません"という表現の方が近いと思いますし、そこには日本では分からない、岩盤の様な支持なのか、それこそ理解できない怒りの様なものがあるのか?と私などはそこに関心を持つのです。

ところが、短絡的なのか、政治的なのか、トランプ大統領の支持が下がっているという方向づけをしたいという事が見える表現で、しかも、全部と言ってもよいマスコミがその様に言っている事に、政治的、意図的に動いているのであれば恐ろしい事ですし、一方でそんな深くもなく、短絡的になっているのであれば、これもどうしようもない話で、どちらにしても大変危険だと感じます。

それを又、益々短絡的、表面的にしか捉えられなくなっている人達が鵜呑みにしていくと、良い方向に向く筈がないので、本質を見る目、言われている事の行間を読む様に意識していく事が益々重要になってきていると思います。

 大河ドラマでは西郷隆盛が始まっていますが、あの時代の人達がこの国の行く末を真剣に考えていたのは、ドラマや本で脚色されているからだけでしょうか?

昨今、政治家にしても、大企業がおかしくなっていったのも、大きな理由の一つには、自分の代の事しか考えなくなったからだと思いますが、一方で受け手の国民側も、スピードや結果だけを追い求め、マニュアル化して、目の前の対策ばかりで、表面に現れた事だけで判断する様になってしまった社会全体が問題なのだと思います。

今週、ウエダ本社で行なわれていた経営品質実践塾で、最近よく話題にしている、能楽師の安田登先生が来られて、お能は、世阿弥が天才でなくてもできる様な仕組みを作り、そのお陰で650年続いているというお話をされていましたが、もう物質的な大富豪であるトランプ大統領には、次世代以降に安全な世界、綺麗な地球を残すという事で名を残す事に、名誉欲を感じてもらえないかと願います。

とは言え、そんな事に期待していていても始まらないので、我々自身、自分と違う事に攻撃的になってしまいがちな、短絡的、表面的思考を戒め、しっかりその背景や、裏側を考えていける様にしていきたいと思います。



2018年1月14日日曜日

ワクワクしませんか?

今週も、年始挨拶での来客や賀詞交歓会もあり、業界や身近な所の話も聞いていましたが、我々の周りでも、好況であるという話が多い様に思います。

京都も観光関連だけではなく、半導体関連を中心とした製造業、バブル期以上に沸いている建築業や不動産業など、中小企業においても過去最高益という成績の所も多いのはないでしょうか?

そんな中、ウエダ本社は?と言えば、そんな波には乗れていません。

一つには、我々は企業相手なので、企業が好調になって、色々な投資をされていく中の最後に、オフィスもそろそろという順番になるので、かなりの時差があるという事と、時差の問題であればまだいいのですが、オフィスはプロフィットセンターではない(お金を生まない)ので、必要な物だけ、しかも安く仕上げるのが計数感覚に優れている経営者となってしまう事も多く、我々の様なディーラーには価値が無いと思われるからです。

そしてもう一点は、経営者、つまり私の問題だと思います。

前者の理由は状況説明であって、それだけ景気が良くなっているのなら、そこに合わせていくのが優秀な経営者で、消費者向けでも儲かるのであればやるべき!という考えもあるでしょう。

現に我々の会社のある五条通りは、ほぼ100%アジアからの観光客を乗せた観光バスが毎日着き、着付けをしてもらった人で溢れており、その人達を狙ってドラッグストアなども出店したりしています。

自社ビルを利用して、そんな観光客向けのビジネスを!とやってもおかしくはないでしょうし、利益追求を目指す経営者であれば、勿体無い、という事なのかも知れません。

しかし、どうしても、そんなお金(利益)を先に目指した方向には、興味が無いというのか、全くワクワクしないので、スタッフには申し訳ないのですが、こちらは私の問題です。

と言いつつも、前者理由の時差については、少しづつオフィス環境の段階に来ていたり、オフィスなんてお金を生まないからという考えではなく、働き方改革始め、働く環境を考えていかないといけない状況になっていっているので、目先の儲けに走らず(笑)、頑なに想いに向かってきた我々をご評価頂くケースがいくつも出て来て、存在価値という面では作り出せて来ていますし、こちらの方がワクワク感があります。
と、この景気感の中、まだ成績を上げていない経営者が言うと負け惜しみにしか聞こえませんが、目先の利益、又は自分の利益のみを追求する姿はとても美しいものではないですし、そんな為に人は生まれ、会社は営まれるのではないと思います。

年末からお正月にかけて、NHKの人体の特集番組を、それこそワクワクしながら観ました。

タモリさんと共に京大の山中教授も司会をされている番組ですが、そこでは、人体の中で脳がほぼ全ての指令を出していたとこれまで考えられて来たのが間違いで、各臓器から様々なメッセージが脳や、各臓器間でも送られていて、日々何事も無い様に生きているという事なのです。

こんな事を聞いても、やはり、管理、指示、命令型のTOPダウンや中央集権型というものは、生命体の摂理からしても、本来の人の習性には合わないのではないか?人の可能性を殺していまっているのではないか?と思います。

そして、山中教授もまだ人体においては10%も分かっていないと仰っていましたが、誰が創り出したかは分かりませんが、こんなプログラムで創られた生物は全て素晴らしいですし、そんな中でも人間というものは、どんな人でも、どれだけの価値があるか?に想いを馳せると、人としてどうしていくのか?見え方が変わってくると思います。

そして、その”人”が全ての営みを形成する基盤となる仕事、そしてそれを彩る働く環境をどの様にするか?を摂理から考えて進めていく事、それが我々の目指す役割なのだと考えるとワクワクしてしまいます。

でも、そんな事考えてるから、なかなか儲からないし、ウエダ本社って、何の会社?とまだ暫くは言われ続けるでしょうね。

スタッフの皆も大変でしょうが、そんなワクワク感を一緒に楽しんでほしいですし、まだまだ多くには理解頂けないこんな方向にワクワクする!という方、色々な形でご一緒しませんか?

2018年1月7日日曜日

2018年からのミッション

年明け最初の週は一日だけの出勤でしたが、今年も週末ブログ続けていきたいと思います。

今年の大企業TOPの年頭所感では、やはりイノベーションや働き方改革に関する話が多かった様に思います。

又、今月召集される通常国会は、働き方改革国会と位置付けられるとの事で、まずは、時間外労働の時間規制の問題から進んでいく事になるでしょう。

しかし、PDCAで物事を進め、稟議書に時間を要し、失敗するリスクを負えない大企業で、どの様にイノベーションを起こすのでしょう?

時間規制をして、女性、障がい者の雇用の比率を法律などで定めても、個々それぞれの強みを見る目、受け入れる環境や、関係性が無ければ、余計に摩擦を生み出す事になると思います。

それらの流れが悪いと言うつもりはありませんが、本質的な改革をするには、国や大企業ではハッキリ言って無理だと思います。

実は私自身、30歳で独立した理由の大きな要因が、自分がどんな人生にしたいか?を考えた際、海外を転々としながらも仕事をして行ける人生にしたいという事であり、英語もろくにできないのに貿易を行いました。
そんな人生設計から考えての独立であったのに、その後入らざるを得なくなったウエダ本社は、倒産の危機に直面していたのでした。

倒産させない為には、事業を通して社会の役に立つ事を考え、ずっとウエダ本社が関わってきたオフィス(企業)に目を向けると、そこは、管理された如何にも息苦しい環境で、人の個性、やる気、連携など、全く考えられていない様に見えました。

そんな自分自身の背景から、追いかけて来た事は、働くというのは、会社勤めであっても決して人から決められるものではなく、それぞれがそれぞれの状況に応じて自分で決めるものだという事で、その様に選択できる事が一番豊かな事であり、そういう社会に向けていく事こそ、本質的に目指さないといけない働き方改革だという事でした。

2000年からウエダ本社に常勤として関わり、2003年から現体制で少しづつ進めて来た事が昨年あたりから漸く繋がり、社会のニーズにも合致して来ています。

この、ずっと追いかけてきたものを、制度や形式が優先する、世の中の大きな流れにかき消されない様に進めていく事、ハッキリと見えている本質を追いかけて、素晴らしい中小企業の働く環境全般をコーディネートしていく事が、2018年以降のウエダ本社のミッションです。





2018年1月3日水曜日

ウエダ本社としての「心」

新年あけましておめでとうございます。

来年4月で終わる事が決まっている平成の30年が幕開けしました。
又今年は、明治から数えて150年という年だそうですが、日本にとっての近代というものはまだそれだけの年月しか経っていません。

ウエダ本社は今年5月1日で満80年を迎えますが、150年の近代史の中で、その半分以上の年月を生きてきた重みを感じ、これから迎えていくであろう、大きな変革にも対応していきたいと思います。

今回の天皇陛下の退位も、近代史においては初めての事で、これも少子高齢化社会での継承という問題や、システムを守っていく為の枠組みなど、一般社会の問題ともリンクして、これまでの150年とは、違う時代に入っていく事を表している様に思います。

世界に目を転じれば、昨年1月のトランプ大統領就任以降、世界各国での極右勢力の台頭など、一気に不穏なムードが漂っていますが、今年もこの流れはまだまだ進んでいくでしょう。

これら西欧の近代史も、産業革命からまだ二百数十年、世界初の株式会社と言われる東インド会社設立からでも約400年しかない中での勢力争いから、大きな危機を迎えていますが、そこを脱するには、大きなパラダイムシフトというのか、次元を変えて考えていかなくてはなりません。

甲骨文字やシュメール語などの研究者でもある能楽師の安田登さんによると、今から3000年前の紀元前1300年頃に文字が誕生し、文字の誕生とともに、「時間」、「論理」、そして「心」を生んだそうですが、生まれたばかりの「心」の意味は至ってシンプルで、未来を変え、過去から学ぶ力であったそうです。

未来を変える力が「心」の作用とすると、「不安」が副作用で、その副作用の処方箋を与えてくれたのが、釈迦、イエスや、孔子であり、文字誕生前後の世界を読み解いていくと、これからの世界がどう変わるのか?人がどうしていくべきなのか?を考えるヒントとなると仰っています。

戌(いぬ)という字は、滅という見方もあるそうで、世界情勢を見ると危険な感じもありますが、一方では、作物を刈り取って一纏めにして締めくくることを表したそうです。

ウエダ本社としては今年、しっかりと作物を刈り取り、平成という時代を締めくくって、新たな時代に向けて、ウエダ本社としての「心」を磨いていきたいと思います。




2017年12月30日土曜日

一年って、色々あります

一昨日(28日)ウエダ本社も今年最終日でした。

営業終了後の忘年会では、各リーダーからそれぞれスピーチもありましたが、何となく、それぞれが手応えを感じてくれている事が分かったり、若手の成長、ベテランの意識変化なども感じられ、大変嬉しい締めくくりとなりました。

昨年最後のブログでは、”弱音を吐きます”として、体制的に崩れかねない可能性もあった事を書いていたのですから、一年というのはアッという間でありながら、やはり、それだけの展開をするものなのだと痛感します。

振り返れば、その弱音を吐いたブログにある様に、今年はコピー機販売を中心とするチームの中堅メンバーが退職する事からスタートし、重苦しい幕開けでした。

そこの所は、メインの富士ゼロックスさんが、京都としては初めてで、全国的にもあまり例が無い、”ウエダ課”というものまでを作り、人を送り込んで穴埋めして頂きました。

又、もう一方のオフィス系中心のチームは、従来とは少し違う流れが起きていましたが、その流れを加速させる話がありました。

3月31日京都信用金庫様から直ぐ来てくれとのお電話を頂き、行ってみると、明日4月1日から組織を大幅に変えるが、その意志を形に表す様にできるか?というものでした。

京都信用金庫さんは、この以前から、営業の数字ノルマ廃止を宣言されたり、”ソーシャル”という分野では最も理解があり、実際に自らも様々な取り組みをされているのですが、それだけにウエダ本社の展開もご理解頂いており、大変光栄な事に、この組織変革の意志を表せるのはウエダ本社だろうと、役員会で数名の方が言って頂いてのお声がけだったそうです。

お話を聞くと、確かに、その改革の意志を心底理解できるのは、”うちしかない”とは自信を持って思いましたが、何せ多分、全国的にも例の無い様な、金融機関の中枢部をオープンでフラットなコンセプトで、しかも通常はセキュリティーの関係から、金融関係に強い業者さんで行っておられる所を、我々の様な所に任せて頂くという事には、正直不安もありましたが、結果的には、スタッフ達が見事に具体化し、ほぼ問題も無く仕上げてくれました。

そこには、京都信用金庫さんのご担当の方々の多大なご協力と、大幅に変わる事に対して、実際働いておられる方々のご理解があった事が大きな要因で、仕事をさせて頂きながらも良い組織の姿も学ばせて頂きました。

世の中の働き方改革の大合唱と、それに関連してのオフィス(職場)に対する考え方の変化の波もあり、この案件を境に、単にモノを購入して頂くのではなく、全体をコンセプトからお任せ頂くというケースがドンドン起こって来ています。

そんな経験や雰囲気から、皆が口々に、”来年は楽しみ”という話をしてくれたのだと思いますが、私の方はそんな皆の成長を見て、来年は、もっと長期に向けて、ずっと唱えている本質的な働き方改革に繋げていく動きをしていきたいと思います。

今年ほど、外部の方々の力に助けて頂いたり、集まって来て頂く方々との連携が生まれてきた年は無かったですが、このオープンソースと、何よりもそれを実現する共感、信頼、というものがベースとなった力を、来年以降、”働く”という中で、形に表していきたいと思います。

そんなウエダ本社を来年もよろしくお願い致します。

そして、共感して頂ける方、来年もドンドンご参集下さい!


2017年12月24日日曜日

宇宙へのattention

昨日は毎年恒例となった、12月23日のミラツクフォーラムに参加していました。


正直今年は休ませてもらおうかと思ったのですが、やっぱり行って良かったです。

朝から登壇者だけでなく参加者でも、それぞれで活躍されていたり、その筋では最も権威?という表現は合わないですが、第一人者や、注目されている方が沢山おられて、話をするだけで忙しい状態でした。

それが二会場に分かれて、ランチセッション合わせて9つのセッションをやるのですから、両会場とも聴きたいという事で行ったり来たり。
休憩時間には、知っている人の近況聞いたりで、息つく間もない8時間半でした。

こちらもこの数年恒例になってきた井上英之さんと大室悦賀さんの基調対談では、ソーシャルイノベーションの限界という所からスタートしました。

attention(注意)の容量は決まっているので、自分が何にattentionを向けているのか?に気づくawareness(意識)が大事で、それが起こるとchoice(選択)が増え、actionにつながって結果が出る、それが欲しい結果で無ければ、attentionの向け方を変えていくという事で、awarenessがないと同じ行動を繰り返すとの事でした。

NPOやソーシャルビジネス(イノベーション)はどうしても個別課題に閉じてしまうので、そこだけでは解決につながらないという話でしたが、それだけに、それぞれでattentionを向けて行動している人や繋ぐ人、研究する人などが一堂に集まる、こういう場が大変重要なのだと思います。

いくつかのセッションで共通するのは、”ゆらぎ”の重要性でしたが、やはり私のattention的には空間の話がドンズバで、日建設計の塩浦さんは、20世紀は自動化に向けて来たが21世紀は自在化がポイントで、都市のパブリックスペースにオーナーシップメントを持つという考え方になるとのお話でした。

働くの語源も、日本では傍(はた)を楽にする、という事が言われるが、はためく(ゆらめく)が語源だとの事で、本来はそれぞれが勝手に動いているのが理想なのではないか?とのことでした。

毎年恒例のミラツクフォーラムも"ゆらぎ"を持ちながら、進化しているのを感じましたが、それを一番感じたのは、最後の「テクノロジーの未来と社会デザイン」のセッションで、理化学研究所の方など理工系の研究者が多く参加されていた事です。

そのセッションでA.T.kearney プリンシパルで、宇宙ビジネスでの、つながりを創っておられる石田真康さんによると、宇宙の研究者のパターンの一つは、日本が〜とか、地域が〜という事に全く興味がなく、人類はどうなる、地球が〜、宇宙が〜という事に興味のある人達だと仰っていたのが印象的でした。

都民ファーストというのも有りましたが、米国第一や、世界の覇権を狙う北朝鮮なども、国家レベルでの事を考えるのではなく、全生物にとってとか、宇宙が〜という方向にattention を向けてもらえないかと思います。

核の開発よりも元素や素粒子の研究から宇宙に興味を持ってもらえると、世界も変えられないでしょうか?

ウエダ本社の社是は、「宇宙を想え人愛せ」だという事にattentionを向けていきたいと思います。



2017年12月17日日曜日

だからこその価値

今週は、先月分の土曜日出勤を振り替えて、サイレントボイスという団体に無言語コミュニケーションhttps://denshin.silentvoice.co.jp/ の研修を、まずはトライアルで社員向けに行なってもらいました。

サイレントボイスさんは、代表の尾中氏自身は健聴者でありながら、ご両親が聴覚障害者である当事者意識から、聴覚障害を持った方がイキイキと働ける社会を目指しておられる団体です。

これは面白そう!と直感的に思ってお願いしたのですが、それは尾中氏が、聴覚障害者の”就労支援”を行うのではなく、あくまで自立を目指すもので、聴覚障害があるからこそ、逆に持っておられる表現力や洞察力など、感じる力を生かしてのビジネス展開を行おうとされている事に共感したからでした。

我々は確かに、言葉があるからこそ、”何度言ったら分かるんだ”とか、”そんな事言ってないじゃないか”と思ったり、受ける側も、”言ってくれればいいのに”とか、逆に”キツイ言い方された”と傷ついたり、行き違いや誤解ばかりをして、かえってコミュニケーションを悪くしています。

そこで、言葉を使えなかったからこそ研ぎ澄まされてきた感性や、コミュニケーション力は、どんな組織でもコミュニケーションに問題を抱えている今、大変有効な力になるのではないか?と思ったのでした。

又これはサービス業などでは、お客様の様子から察するという、お店のサービス力にも直結する話でもあり、ミライロの垣内さんも仰る、”バリアをバリューに”というコンセプトに通ずるもので、聴覚障害者にしかできない、ファシリテーターやコミュケーターを生んでいけないかとも話しています。

実際に受けてみると、如何に言葉に頼っているか?に気づかされましたし、伝える為には、伝わる様な表現をしないといけない事が体感できました。

"評価するのは他人" これもよく言われる話ですが、言っているのに伝わらないとか、一所懸命やっているのに評価してくれない、というのは、受け手や評価する人からは、"その様に見えていない”だけなのかもしれない、まずは自分がそう考えてみるだけでも、他人からの見え方を変えていけるのではないでしょうか?

まずは私自身、明日の朝礼から変えてみたいと思います。

今回、聴覚障害と言われる方の長所を生かした展開でしたが、色々な"障害"と言われる方のそれぞれの長所を生かした展開をもっともっと生み出していけないか?と思います。

そもそも私も含めて、分けると健常者という事になるのですが、果たして、健常者と胸を張って言えるでしょうか?

障害者って何でしょうか?

それは何かに対して障害を持っているだけで、全体が障害な筈がなく、逆に言えば全てに障害の無い人など居るのでしょうか?

サイボウズさんが掲げられる、100人居いたら100通りの人事制度というのが理想だと思います。

女性は皆同じでしょうか?

障害者雇用って、何パーセントやれば良いってものでしょうか?

制度は必要ですが、それだけでは本質的な働き方改革には絶対に繋がらないと言っているのも、この根源的な考え方から来ています。

助けるという感覚よりも、それぞれの違いを理解する事、人間って素晴らしいという事を皆が理解して、その可能性を見出していく事、そしてそのサポートをしていく事、そんな世の中に向けていくと、組織のコミュニケーションの問題の多くは解消していくと思いますし、その様にしていく事が本質的な働き方改革にも繋がっていくと思います。

まずは組織風土にクサビを打っていく為にもサイレントボイスさんの研修、体験されませんか?