2017年8月13日日曜日

京都流議定書の10年間を改めて③

多くの方から、「ボランティアでこんな事をやって偉いね!」と言って頂いていましたが、あくまで”会社の為”に行なっていました。

ただ、その”会社の為”という感覚が違う所で、我々の様な、物も技術も資金力も無い会社は、存在意義が無いと、それこそ存在する意味が無いと思いますので、まずは、会社の存在意義をしっかり持つこと、そしてそれをスタッフ、ステークホルダーに知ってもらう事、それに共鳴してもらう事を目指しており、それができると自ずとスタッフも誇りを持つ事ができ、スタッフ自体の生き方、働き方が変わり、そこが変わる事自体が成長であり、各自が成長していける場を作る事は、他では得られない大きな報酬になると思っていました。

又、うちの会社の強みは、設えを臨機応変に作れる現場力と、真面目で実直に仕事をする人の集まりである事で、逆に弱みは、仕事を個々で行なっていて連携ができていない事と、全体の目的よりも、個々に一所懸命という感じで、一つの目的に向かって自主的に考えて動く、フォローするという事ができていない事でした。

この様な事は、普段の業務や、ましてや座学で教えられるものではありませんので、京都流議定書というイベントを通して皆で体感するという、大掛かりな社員研修として考えていたのです。

一つの目的に向かって、それぞれの役割を持ち、それぞれが気づき、フォローする、そこにお客様などの要望で、変化する状況に対して臨機応変に対応していかなくてはならないというのは、イベントに限った話でなく、普段のビジネス、組織で運営をしていても全く同じで、自分達の強みを認識し、弱みをカバーし生かしていく実地研修、そんな裏?目的があったのです。

そう考えると、ハイアットリージェンシーという一流ホテルのスタッフの方々と、一緒に準備や当日の動き、配慮など、間近で色々学ばせて頂けるのですから、研修とすれば一体どれ位の費用が要るか?ですが、そもそもお金を積んでもやって頂けないですから、”会社の為”という意味もご理解頂けると思います。

更に、ご登壇頂く方は、それこそそれぞれの道で有名であり、成功もされている方々で、そんな方々の様子に触れる事ができる、舞台裏の様子を見る事ができる、こんな経験も願ってもできるものではありません。

そんな想いをうまく伝えられていなかったでしょうし、特に最初の頃は、スタッフにすれば、社長の想いに業務以外で余分にやらされるイベントでしかなかった様に思いますし、この10年の間に辞めていったスタッフなどは、イベントが直接ではなくとも、この辺りの想いや価値観が合わなかった面があると思います。

そんな中でも繰り返していく内に、お客様が喜んで頂いたり、これだけのイベントをほぼ社員だけで行なっている事に驚かれる反応を見て、我々の現場力や、これだけの事をやれてしまうという自分達の強みを体感する事ができて、何となく、これ位のイベントならこなせるという自信は持ってくれる様になったと思います。

今年の最後に、10年間一緒に見てきて頂いたハイアットのスタッフの方から、「ウエダ本社のスタッフの気づきやその対応力は素晴らしく、ハイアットヤバイ!と思わされましたし、団結力に至っては完全に負けていて逆に勉強させて頂きました」とコメント頂きましたが、これは、かなり本音だったと思います。

その位、スタッフはよくやってくれましたし、この間に人の入れ替わりもありながら、よくこなしてくれたと思います。

10年間の最後に、この間に辞めていったスタッフにも、その年のそれぞれの役割の積み重ねで10年を迎えられたのですから、改めて感謝したいと思います。

辞めたスタッフというと、何かマイナスイメージがありますが、それこそ、まずはそれぞれの人生が優先なので、会社が唱える価値観や方向性に合わなければ、違う所、合う所を探すべきだと思いますし、理想としては、ウエダ本社を辞めた人にも、ウエダ本社に居た事で、より立派な会社に進んでもらいたいと思っています。

決して良い格好言っているのではなく、そんな会社でありたいと思っている事と、そういう所から変えていかないと、やらされ感で嫌々の仕事をやっていても誰の為にもならないし、本質的な働き方変革など行えないと思っています。

話はそれましたが、そんな事で、今まで関わってもらった元スタッフと、勿論今年成功させてくれたスタッフ、特に変化しながらずっと関わってくれたスタッフには感謝しかありません。
このお返しは、皆が良い会社と認めてくれる様な会社にする事しかないと思いますので、京都流議定書の10年間で体験して来た事をベースに、その実現を目指していきたいと思います。

2017年8月9日水曜日

京都流議定書の10年間を改めて②

まだソーシャルビジネスのイベントなど無かった頃から、京都流議定書では素晴らしい若者を集め、そういう世界では登竜門的に言われた事もありましたが、その流れができたのも、ホームズビーの嘉村君が二年目に、京都未来市というセッションを行なってくれた事からです。

7つの学生団体がプレゼンし、来場者が仮想マネーを出資するというものでしたが、そこで、こんな素晴らしい活動をしている若者達がいるのかと感心した事が切欠でした。

その後、嘉村君から紹介されてダイアログバー京都を一緒に開催して来たミラツクの西村君が、6年目から引き継いでソーシャルの流れを加速してくれたと共に、ウエダ本社のビジネス領域に近づけて来てくれたと思います。

又、もう一つの大きな価値となる経営品質系は、京都でこの流れを作ったとも言える人見さんが、京都経営品質協議会主催の京都フォーラムというイベントを開催しており、三年目から、『一緒にやろう』となって、三日間の中で開催して頂く事になり、以来ずっと共同開催して頂いたお陰で沢山の貴重過ぎる繋がりを頂きました。
これによって、大久保寛司さん始め、伊那食品の塚越会長、元リッツ・カールトン日本支社長の高野さん、沖縄教育出版の川畑会長、今年もお越し頂いたバグジーの久保さん、四国管財の中澤さんなどという、日本中に追っかけも多数居る様な方々とお付き合いさせて頂ける様になり、そしてその方々が有名になった切欠を作られた、ブロックスの西川さんにも、4回目からずっとご一緒して頂く事となったのです。

もう一つ人見さんには感謝する事があるのですが、一緒にやって二年目だったか、協議会という団体とやっていると、やりづらい事が多く、我々本来の主旨を曲げないといけない事も出てきて、それなら別々にやろうと私が言ったのですが、人見さんから『元々、京都で良い事がバラバラに行われるのが良くないから京都流議定書をやったのじゃないのか?それが、岡村さんと自分との間で別々にやる様じゃ意味が無いんじゃないか?』と言われ、なるほどと思って、結局一緒にやらせてもらったのですが、これも、人見さんとの、お互いの見栄、体裁などではない大きな視野での話でなければ、その時点で終わっていたと思います。

その人見さんに経営品質の火を点けたのは、JCにその勉強を持ち込まれた鬼澤さんですが、その鬼澤さんが、良い経営の伝道者としてスタートされる際、学ばれたというのが大久保寛司さんという繋がりなのですから、この系譜においてはオールスターに関わって頂いた様な感じでした。

京都市の方々には毎年、市長に合わせて各部署でご協力頂いたり、京都府とも山田知事のタウンミーティングを共催したり、毎年、集客では経済同友会、商工会議所などの団体にもお世話になりました。
又重鎮と言えば、お亡くなりになった堀場最高顧問には、京都流議定書スタート時のウエダ本社70周年での基調講演含め、計三度もご出演頂いた他、クオリア研究会としても企画をご一緒して頂きました。

あげればキリが無いほど多くの方々にご協力頂きながら、数名の方しかお名前を上げられていませんが、10年の中での大きな流れで、ウエダ本社の社員にも知っておいてもらいたい事を纏めました。

10年間、多分、細かい不手際は多々あったかと思いますが、多くの方に良かったと言って頂いて終える事ができましたのも、多くの皆様のお陰です。

本当にありがとうございました。

特別編ブログはあと一話だけ続けます。




2017年8月8日火曜日

京都流議定書の10年間を改めて

先週の金曜から日曜日は、10周年を迎えた京都流議定書でした。

よくも10年も続けられたものですが、今となっては元々の事や、誰にどの様にお世話になったかなど、知らない人も多いので、改めて振り返りたいと思います。

以前、輝かしい頃のウエダ本社では、独自の販売会や、得意先を招待した旅行、芸能人を呼んでの大規模なイベントなど、地域、お得意先様、業界に向けて、先駆けた展開を行なっていました。

再建の為にウエダに入社し、少し落ち着いてきた頃、何人かの方から、”ウエダフェアを復活しないのですか?”、”70周年はどうされるのですか?”などと聞かれる様になりました。

今から40年前の40周年式典は、京都国際会議場で行なったり、50周年、60周年もホテルで盛大に行なっていました。

少し落ち着いたとは言え、同様に盛大にする余裕などないし、又、私が入って改革を進めて、従来通りのウエダフェアというものでも意味がないと思い、どうせなら、入社以来、再建を進めながら、一方では新規の展開を見つけるべく、色々な所に首を突っ込んでいたので、それら本業以外で私が関わっているものを全部集めたものができないか?と考え、関わりのあるものを洗い出し、環境、教育、伝統文化という3つにカテゴライズしてみました。

それを、ハイアットリージェンシー京都を立ち上げて来られた、横山総支配人に提案した所、未だに、これだけ外資系と日本の良さのそれぞれを理解し、双方を説いて進めていく能力を持ったホテルマンには会った事がないと思える横山氏が、即座に、”これは面白い!3つのカテゴリーがあるのなら、どうせなら三日間のイベントにしませんか?”と言って頂いたのですが、結果的には、それが10年間、三日間のイベントとなった全ての理由でした。

初年度は、環境系の団体の展示コーナー、聞香やサッカーの課外イベントなども開催、何と、ハイアットリージェンシーさんの一階と地下を全館使ってという、結果的にはとんでもない規模で行なう事になったのですが、横山氏始めハイアットの皆さんには、10年間多大なお世話になりました。

伝統文化のカテゴリーでは、老松の太田さんや、伝統文化プロデュース連の濱崎さんには、企画からプロデュースまでご尽力頂き、難しい伝統文化というテーマも形作れた事で、重みを作って頂きました。

そして、教育の所では当時の門川教育長に講演をお願いし、その際に教えて頂いた、ドイツのメルケル首相が世界でのスピーチで、DO YOU KYOTO?という、環境においての転換期となった京都議定書の開催地であるKYOTOを、環境に良い事をしてますか?という動詞として使われたという事を、日本の人はおろか京都の人も知らないという事を問題提起として、『DO YOU KYOTO?  DO YOU KYOTOSTYLE?』というテーマで開催する事にしたのです。

ところがその年、門川教育長が市長選に出られて見事当選され、講演はどうなるのか?と心配したのですが、京都市長としてそのままご登壇頂き、お陰で門川市長が初めて出られた外部イベントとなって、その後も市長には特別な思いを持って頂いて、毎年応援して頂く事になったのでした。

これだけのイベントですが、当初から貫き通した事があります。

それは自分達で手作りでやらないと意味がないとの事で、代理店なども入れず、企画、運営、会場準備、ネットワーク、看板、サインなど全て社員で行ないました。

又、集客も数を追って広告などを行うのではなく、自分達で呼び込むか、あくまでこの主旨に賛同して、ご協力頂けるものに限りました。

協力頂くと言えば、ご出演頂く方も基本的には無償協力という、厚かましいにも程がある事を通して来ましたが、本当に主旨に共感頂いてご参加頂いた皆様と、逆に共感はしていませんでしたが(笑)、これだけのイベントを作り上げてきてくれた社員達には、本当に感謝致します。

お金を掛けられなかった事はありますが、お金で買える物、呼べる人、頼める仕事を入れてしまうと、理念がブレてしまうので、そこは最初から拘ったのですが、特に最初の頃のこの踏ん張りが最も辛かった所でした。

それでも踏ん張って来られたのも、主旨を理解し、ご協力頂いた沢山の方々のお陰です。

ここまで振り返って、お世話になった方など、これだけではとても書き切れませんので、この後、分けて書く事にします。

つづく。












2017年7月30日日曜日

京都の雑草

今週には、防衛大臣と民進党党首の辞任が同日に発表されました。

辞めればいいのか?とも思う一方、辞めさせにかかっている社会もあり、どっちもどっちだなあと思います。

いつからか分らないですが、日本の色々な問題において、私は、どっちもどっちというモヤモヤ感で、発言すらできない状況が続いています。

加計問題しかり、森友問題しかり、又、それを取り巻くそれぞれの対応でも、今、世界情勢が緊迫した中で、あんな事に国会で膨大な時間を使っている事への批判もありますし、その通りだとは思います。

通常、何かで対立している人(組織)が、それ以上の敵が出て来た際に、協力する様になるものですが、北朝朝鮮の脅威を言いながら、こんな問題を延々行なっているという事は、殆どの政治家自体も、危機感が無いとしか思えません。

一方で、そんな下らない事に時間を費やして!という意見の方の属性を見ていると、現状、力を持っておられる側で、既存のシステム、仕組みで優位な立場の人が多い様に思います。

どっちもどっちの話でいけば、加計、森友問題は、そんな事より国防を、という事は思う所ですが、安倍首相の何が問題か?という点については、表面上の問題ではなく、これまでのシステムでは限界が来ているのに、そこで力を得て来た人達がそれを守ろうとしているか、もしくは、それこそ危機感の欠如から、問題の本質が分かっていないのか、要は、力づくて通してしまおうとしている姿勢、考え方が問題なのだと思います。

という事なので、既存システム上での右か左か、体制側か反体制側かという問題ではない中、そこで行われる論議や、それに対するマスコミ含めた社会の反応も、これまでのシステム、価値観上での話なので、モヤモヤ感が募るのだと思います。

又、自国主義、〜ファースト、言い方は別にして、自分中心がはびこる中、落ち度があると、皆で寄ってたかって、完膚なきまで痛めつけるという風潮も大変気になると言うか、力づくでのリーダーシップの反対側ではありますが、同じシステム(価値観)の中で動いている様に思います。

これらも東西冷戦時代、要は資本主義VS社会主義という構図の中、ある意味、その均衡状態で全体のシステムが守られていた時代の感覚での話に思えてなりません。

人口減少社会に向かう先進国では、力づくで、という”競争”では成り立たなくなりますし、かといって、社会主義ではない事は明白で、新たなシステムが必要なのです。

それはどんなものか?と問われても、当然、私などが確信を持って説明できるものではありませんが、自然の摂理に従う事が、シンプルに正しいのだと思います。

自然界は決して甘いものではないですし、弱肉強食の生存競争は行われます。

しかしそれは全てに循環があって、補完関係があって、完膚なきまでに叩き潰す様にはなっていないですし、仮に徹底的にやっつけるシステムが組み込まれていたとしても、そこにはそこから生まれる価値や役割が必ず組み込まれています。

何か又々、重い話をツラツラと書いてますが、そしたら、私は絶望しているのか?というと決してそうではありません。

今週は京都市ソーシャルイノベーション研究所が主催したソーシャルイノベーションサミットに、自治体の関係者中心に約300名の方が全国から集まっておられました。

これを含めて私自身、今週だけでもソーシャルと言われるイベントやミーティングが7件ありましたが、全国のあちこちで一つ一つは小さな動きですが、今の流れを逆流させようとする動きが起こっています。

よく聞かれる、何故、そんなに本業と関わりない様な事に関わるの?とか、何の為に行なっているの?いう問いに対しての答えがここにあり、ハコモノ行政、上から決められた形での運営、既存枠組みでの行き詰まりから脱却していくには、それこそ力づくではなく、自分ごとで始まった小さな動きを繋いでいって、流れを逆流させていくしかないので、関われる事においては参加しながら、補完できる事、繋いでいける事を行なっているのです。

完全無農薬で奇跡の農法とも言われる、北海道の佐々木ファームさんに以前聞いた事があります。

雑草というものは、間違いなくその近くにある植物の生育の為に足りない要素を補完する役割で生えているのだそうです。

ここに全ての本質があり、それぞれの役割がある様に思います。

私自身、丁度、京都の経済界の中では雑草の様な存在だと思いますし、"そんな雑草でありたい"と言うと格好つけ過ぎですが、抜きさられない様にしっかり根を張り、循環する生態系を繋いでいく役割を果たしたいと思います。






2017年7月23日日曜日

『人で勝つ経営』とオフィス環境

今週は予定が重なりまくりの出張でした。

水曜日に担当している経済同友会例会に出席後、最終近くで横浜入り、翌朝、盛和塾世界大会の二日目のみ出席でその日は東京泊、翌朝はトップフォーラムで軽井沢のホテルに直行してセミナーのみ出席して、京都へとんぼ返りという週でした。

それぞれが中途半端で、しっかり学べてないよなあ〜と反省も多いのですが、トップフォーラムでの、LIXIL前副社長八木さんの「人で勝つ!」という戦略人事のお話は、ウエダ本社として考えている所と重なる事も多く、勇気とヒントを頂きました。

企業の中で人事が抵抗勢力になっている事が多く、自ら人事のプロを自負され、日本で人事のプロを作っていかないと、日本企業の弱体化が止まらないという危機感をお持ちの八木さんは、戦略というからには、ゴールをしっかり持っているか?つまり勝ちの定義を持っているか?と投げかけられます。
そして、人事の勝ちとは、人と組織で最高のパフォーマンスを出す事、経営を差別化する為、自分の会社らしい人事をする事だとの仰っていました。

しかし、これだけの意識を持った"攻める人事部"というのが、日本の中で何社あるのか?
少なくとも私は、出会った事がありません。

八木さんは、LIXILの前にGEでも人事リーダーを務めておられたのですが、GEが競合他社と倍以上の生産性を上げていたのは、社員のやる気が高い事が大きな理由だと明言しておられました。

人がやる気になれば生産性が高まり、成績も上がる、こんな事は当たりだと思うのですが、何故か、日本の会社は、そういう事に目を向けていません。

ウエダ本社で考えている事と合致するというのは、単にオフィスを作るとか、ましてや備品を販売するという事ではなく、働く人がいかにやる気を起こす様な環境、制度、教育、風土、場というものをトータルでサポートするという事を目指しているのですが、残念ながら、それでどの様に、どの位効果が出るのか?というエビデンス、要は、そこにそれだけお金を掛けて、どの位利益が上がる?という数値的なものが無いとなかなか進まないの です。

お金を生まないオフィスはできるだけ安くして、社員のモチベーションなどを考えず、ただ管理するという、右肩上がりの時代の価値観のまま運営されている所が殆どです。

とは言え、最近漸く、オフィスの重要性の認識が高まり、我々にその企業さんの根幹やシンボリックになる所をお任せ頂いたり、ご相談頂いているケースが増えて来て、実はそういう事もあって、それぞれの会合に顔出ししている事もあるのですが、我々は、人の大切さ、人のやる気の重要性に理解ある経営者の会社から、『人で勝つ経営〜その為のオフィス環境』という考えを広めていき、日本の総務を変えていきたいと思います。







2017年7月16日日曜日

残念な結果にならない為に

週末三連休と京都では祇園祭が重なった今週は、毎年この時期に開催される公園遊具メーカーの代理店会で東京でした。

その中での講演会は、電通のビジネスクリエーションセンターのディレクターの方でしたが、意図的に講演会というスタイルではなく、スタッフの方と対談形式で事例中心でされたお話は、大変分かりやすいものでした。

設置者、運営者と利用者の意識のギャップという事においては、公園というものはある意味最も残念な場所となっており、日本の殆どの公園が、地域の役に立っていなかったり、むしろ危険な場所となっているケースも多い状況だという事でした。

何故そんな残念な事になるのでしょう?

ハコ、モノ行政と言われてきた様に、行政というのは、とかくお金を確保して、或いは借金して器を作ってきました。

しかし、世の中の状況、人の関係性、住民の意識なども大幅に変化し、公園やパブリックスペースの在り方も大きく変わっている筈なのです。

子供にとってノビノビと遊ぶスペースである筈が、ボール使用禁止、バーベキュー禁止、花火禁止など、駄目な事ばかり。

近所に保育園ができるのも迷惑だという世の中ですから、"地域住民の為"に仕事をする役所では、クレームを放置できず、結果的には、何もしない方向に動き、挙げ句の果てには、遊具も危ないと使用禁止になったりもしています。

これは決して行政だけのせいではありません。

何故そうなるか?を考えると、何でもそうですが、一方通行の話ではなく、国民、地域住民一人一人の意識も変えていかないといけない事に気づきます。

色々な事がそうですが、"管理型"というのが通用しなかったり、弊害の方が多くなっているのです。

企業の課題、そこからくるオフィスの課題も全く同じで、お金やモノを追い求めなくなった時代、そのマーケットに対する企業の閉塞感、そこで働く人の価値観の変化、リーダーシップの欠如、答え、マニュアルのある教育で育ってきた人への指導などなど、やはり管理型での限界は明白で、そこをどの様にするかで皆もがいているのです。

スタバを中心にカフェなどで仕事をする人が多い様に、仕事場=会社ではなく、家か会社か、プライベートか仕事かという垣根も変わっていっています。

という中では、公共スペースやオフィスでも、使う人の視点で考えていかないと、全くの本末転倒という"モノ"が出来上がり、従来型の頭で、良かれと思ってお金もかけて作ったモノが、誰も使わない、喜んでいないという事になってしまうのです。

ウエダ本社では昨年、約一年がかりで社員のワークショップを繰り返し、それを形にしてオフィスをリニューアルし、その見学者や勉強会も増えて来ていますが、そのリニューアルに"社長としての私の意見は一言も入っていません"と言ったりしているのは、物分かりの良いTOPを演じているのではなく、この様な時代背景というか、オフィスもそう変わっていかないといけないという事を表しているのです。

本当にその場所を使う人、その価値を分かっている人に任せていかないと、分かっていない人、価値の変化に気づいていない人が従来発想で管理をすると、とんでもない残念な事になっていくのです。

だからこそ今の時代、指示、命令、管理という系統ではなく、ダイアログが重要であり、ファシリテーターや、そのギャップを埋めていくインタプリター(通訳者)が重要になるのです。

そうそう!と思う方、なるほど!と思って頂いた方、半信半疑ながら今のままでは駄目だと思っておられる方、京都流議定書の三日目にお越し下さい。

管理者と使用者(利用者)とのギャップが見えてくると思います。

特に、"共創が生まれる空間のデザイン"というセッション3はそのものですし、アーバンピクニックというプロジェクトを行われている村上さんなどは、正に新しいパブリックスペースのあり方を示しておられる方です。

最後はいつも宣伝になってしまいますが、京都流議定書自体、そんな想いや展開が詰め込まれたものですので、ご容赦下さい。





2017年7月9日日曜日

持続可能経済協会で、四十にして惑わず

今週は、飯尾醸造さんのイタリアンのオープンに合わせて宮津に行ったり、土曜日には、アミタホールディングスの熊野会長が立ち上げられた、持続可能経済協会の第一回会合があったりで、書きたい事満載ですが、その会合で、あまりにも衝撃的だった能楽師の安田登氏の講演について、備忘録も兼ねて書きたいと思います。

「能と論語を脱色する」というテーマの講演は、能は650年、論語は2000年読まれているが、殆どの人がつまらないと思っているのに、何故続いているのか?
2045年に迎えると言われている人工知能が人類を凌駕するというシンギュラリティを、論語を通して、前のシンギュラリティを見てみるという事から始まったのですが、能楽師というだけでも話題は尽きないだろう中、漢文?の辞書を編纂されたとかというご経験もありながらの論語研究、又一方では、3DCGやゲームの攻略本を書かれたり、インターネットも、まだ日本で使われていない1991年に米国で出会い、伊藤穰一さんなどともその頃から交流があったという訳の分からなさで、何故、一番衝撃的であったか?という事も想像して頂けるのではないか?と思います。

冒頭の何故、能はつまらないのに、650年続いて来たか?については、世阿弥が如何に続けるか?という仕組みを組み込んだからで、伝統と初心がテーマとなっているとの事でした。

初心の初は、衣と刀で、衣を作る際に最初に太刀を入れる事であり、人は次のステージに進む際に、今までの経験や固定概念などを切り刻まなければならないというのが、初心に返るという意味で、能は豊臣秀吉、江戸時代初期、明治、戦後と四度の大きな変化を経験しながら残ってきたのは、能には初心が組み込まれているからとのお話でした。

不惑、天命の、四十にして惑わずという話も、孔子の時代には"惑"という字は無く、孔子は"或"と言った可能性が強い。
"或"は、囲む、区切るという意味で、四十にして区切らずと言った可能性が高く、つまりこれも、今だと五十五歳位との事でしたが、その位になると、それまでの凝り固まった概念を区切って、初心に返っていかなくてはならないという事でした。

温故知新も、少し意味合いが違い、"温"はぐつぐつ煮込んだイメージ、"故"は、元は"古"という字で、"古"は古いという意味ではなく、堅いというイメージで、自分の中で固定化した知識という事、"知"も孔子の時代には無い字で、矢を表す字が使われている事から、至るという意味であり、"新"は、新たな切断面という意味から、温故知新は、「古い知識をぐつぐつやっていると誰もやってなかった新たなものが生まれる」という意味なのだそうです。
脳の余裕で手に入れたものが"知"であるので、AIになっていく時代、脳が余裕を生み、誰も考えなかった"知"が生まれていくとのお話で、これからは正に産業革命、明治維新などよりも大きい、人類にとってどうなるか?という時代に突入していっているという事を感じてワクワクしました。

この持続可能経済協会というのは、初年度は勉強ですが、それが目的ではなく、あくまで活動していこうとするものですので、私もこういう時代に生まれて来た事に感謝して、今で言えば五十五歳位という事を腹に据えて、四十にして惑わずから、五十にして天命を知るに向かって行動していきたいと思います。